2012.3月 23日 朝礼より

2011年11月。ブータン国王夫妻が日本を訪れ

被災地にも足を運んでいたことは、記憶に新しいかと思います。

またその時私たちにGNH『国民総幸福』という言葉をふりまき

ブータンという国は、GNP『国民総生産』でなく

GNHで推し量るものなのか。という新しい価値観を

日本人に気付かせました。


私を含め、一般的に お金がある・ないという物質的価値観で

対価を表現し、豊かであるという視軸にします。それが幸せであるということだと

信じてきました。それは間違いではないし 現在においても真実ではあると思います。



前出したブータンは、電気もままならない。道も整備されていない。

秘境の地であり、アジアで最大規模にあたる難民問題を孕んでいる国。

インフラが整備されず満足に医療も受けられない地でありながらも

決してお金に代えられない価値観が存在する。

なぜ物質的には不自由ない暮らしをしている日本人が

こんなにもこころが貧しく、ブータンは幸せなのか。私は疑問でした。


自分の家を買うだとか

良い大学に入りよい企業に入ることで、一時的な快楽・満足感・衝撃を味わうことはできるでしょう。

でも、いつかは萎える。そして他のもっと高みと思える事柄に憧れ求めるようになる。

きりがない。上を見れば。

きっと、私たちはその繰り返しをしているにすぎないのだと思います。

いつしか、自分の許容範囲を大幅に超えて欲をむき出しにする。

自分の本来のスピード、幸福感、楽しいと思う感情を置いていってしまう。

そういったことに、はっ!と目覚めさせてくれたのが

ブータンだったのです。



自然をあるがまま享受し、今を満足する。


理想ではありますが、そうかといって簡単に今まで培って手に入れてきたモノ・経験を

捨てて無知になることなどできるでしょうか。

自分自身との闘いだ、と思います。



幸せという幸福度が極めて低い日本。簡単な答えの中には

想像を絶するような自分自身の改造こそが絶対不可欠であると感じました。