■ 10_August -the extra mission ■


 如月が部屋を出て行った。足音が遠ざかっていく。多分、今後もう如月に会うことはないと思う。あたしは何だか気が抜けて、ソファに腰を下ろした。
「姉さん…」
 皐月…というのはコードネームで、皐月は、仕事を手伝わせるために呼び寄せた、あたしの腹違いの弟、須崎竜太(すざきりゅうた)というのが本名なんだけど、立ち尽くしたまま不安そうにあたしを見た。
「いいのかよ、如月先輩を行かせて。」
「いいのよ。」
 あたしは煙草に火を点けた。
「止めたって、あの子は行くでしょ。」
 如月はそういう人間だから。
「それより、リュウ、アンタ如月に頼まれてたでしょ。荷物まとめといてくれって。」
 リュウはうなずいたけど、まだ腑に落ちない顔をしている。
「あたしが普段乗ってる小さい車、あれ使って。」
「姉さんは…如月先輩が水無月さんを取り返してくるって、ホントに思ってる?」
 あたしは思わずリュウの顔を見上げた。
「如月がしくじるって?」
 リュウはびくっとして身体を固くした。
「如月が、水無月のことでヘマすると思うの?」
 あたしは部屋のドアを顎で指してリュウに言った。
「リュウも早く行きなさい。」
 煙草を消して、あたしも立ち上がった。
「後のことはあたしが何とでもする。如月は必ず来るから。」

 昼間は普通に会社の仕事をこなし、夕方6時半。あたしは自分のオフィスにこもった。
 デスクに携帯を立てて置いて、鳴るのをじっと待ってた。
 多分、如月が向こうに乗り込むのは夕方以降、なら、如月か…相手から連絡が入るのは夜になってからになるはず。
 頬杖をついてぼうっとしていると、今までのことが頭の中に浮かんでは消えていく。
 偶然、水無月のタクシーに乗ったこと。すごく美形なのに無愛想で、客のあたしと目を合わそうともしなかった。でもなんだか興味を引かれて、すぐにタクシー会社に連絡して、自分のところに引き抜いた。話してみたら、車の運転だけじゃなくてコンピュータをかなり使えることが分かって、仕事を与えてみたら、すごく真面目で几帳面だった。
 そんなとき、会社のことをかぎまわってる奴に気付いて、捕まえたのが如月。可愛い顔して気が強くて、あたしにもずっとタメ口だった。調べても、元・暴力団と関係があったチンピラだってことくらいしか分からなくて、いまだに本名も分からない。頭もキレるし、仕事もできるけど、どこか醒めてる子だと思ってた。
 でも…如月は水無月と一緒にいるようになって変わった。
 初めは、ただ水無月にほだされてるだけだと思ってた。水無月はもうあからさまに如月を意識してたから。どうするのかな、仕事に影響しなきゃいいけど、と思ってた。
 去年の11月。水無月を解雇しようとしたとき。多分あのとき、如月は自分の気持ちを自覚したんだと思う。あたしも…そのとき初めて分かった。如月が本当に欲しかったもの、したかったことは何だったのか、って。
 如月は、ただ誰かに愛されたかった。誰かを本気で愛したかった。それを与えてくれたのは、誰でもない、水無月だけだったんだってこと。
 だからあたしは…ふたりは一緒にいるべきだと思った。如月には茶化してからかったりもしたけど、ホントはあたしも、ふたりがふたりでいることを大事に思ってた。
 だから…だからね、今だって、きっと如月は水無月を取り戻すと思う。
 あたしは、信じてる。

 不意に携帯が鳴った。番号を見ると、如月の携帯だった。時刻は夜11時。
「…もしもし?」
「ああ〜、常務さんですか。」
 如月の声じゃない。この前連絡してきた男だ。
「亮くんもおたくの部下だったんですねえ。」
「亮?誰?」
「ガキみたいなツラした、口の悪い男ですよ。」
 …思い出した。亮っていうのは、如月がむかし使ってた偽名だ。…って、それを知ってるってことは、この男、如月と過去に関係があった、ってこと?
「今は、亮って名前は使ってないのよ、あの子。」
 あたしは冷たく言った。
「ああ、本人もそう言ってましたよ。まったく薄情な男でね。身体を売る仕事なんかも俺が教えて仕込んでやったのに。」
 あたしは頭のてっぺんからさぁっと血の気が引くのを感じた。でもその分、かえって頭の中がクリアになった。
「で、ご用件はなにかしら?他人の携帯なんか使って。」
「ああ、常務さんにあのふたりを引き取ってほしいんですよね。」
 勝手に拉致ったくせに。
「まあ、ひとり頭150万で、ふたりいるから300万ってとこですかね。」
「お断りしたらどうなるの?」
「お断り?そりゃまた常務さんも薄情だ。」
 男は鼻で笑った。
「一度に全額払えないっていうなら分割払いにします?その代わりこっちからも分割でお返ししますけど。パーツごとに10万、とか。」
「ふざけないで。」
「ふざけてなんかいねえよ?」
 男はすごんだ声で言った。
「あと、これだけ迷惑掛けられたんだから、お詫びをしてもらわなくちゃね。」
「何よ、お詫びって。」
「常務さんに一筆書いてもらいたいんですよねえ。毎月お詫びを支払うって。」
「ずいぶん勝手に決めるのね。」
「そんなの、常務さんのポケットマネーで簡単に払えるでしょうに。」
「あたしのポケットは四次元につながってるわけじゃないのよ。」
 男はまた、ふふん、と笑った。
「いづれにしろ、今ここで返事はできないわ。」
「そんな悠長なこと言ってて大丈夫なんですかねえ。」
「銀行だって開いてないし。」
 男は、我が意を得たり、と思ったのか、
「いいでしょ。じゃ、準備ができたら連絡くださいよ?」
と、余裕を見せてるつもりなのか。
「明日の午前中じゅうには。」
「…分かったわ。」

 電話を切ると、直後、リュウが部屋に入ってきた。
「どういうこと?姉さん…」
 顔色が悪い。あたしは立ち上がってリュウに命令した。
「アンタ、何してんの?今すぐ戻って、如月たちを待ちなさい。こうしてる間にも、如月たちが戻ってきたらどうするつもり?」
「姉さんは!!」
 リュウは、思わず出た自分の声の大きさに一瞬躊躇したみたいに、次には声をひそめていった。
「本当に如月先輩たちが戻ってくると思ってるのかよ?」
「当たり前でしょ。如月は絶対水無月を取り戻してくる。あたしは如月を信じてる。ずっと、ずっと信じてる!」
 言ってしまってから、あたしはハッとして、椅子に腰を下ろした。リュウは呆然として、
「…まさか…姉さん、如月先輩のこと、」
「何を言おうとしてるのか知らないけどっ。」
 あたしはリュウの言葉をさえぎって、部屋のドアを指さすと、
「早く行きなさい。時間がないのよ。」
と、リュウを促がした。リュウはちらっとあたしを振り返ると、急いで出て行った。
 あたしはまたデスクに頬杖をついて、頭を抱えていた。
 リュウが言おうとしたこと…は、全部違っている、というわけではないらしい。多分…あたしは如月に惚れてる。でもそれは、恋愛感情とはちょっと違う。といって、人間として、というとそれもなんか違う。友情?憧れ?友愛?分からない。多分、全部混ざってる。でも…如月には水無月がいる。
 今朝、如月にまっすぐに見つめられて触れられたとき、びっくりしたけど嬉しかった。それだけでいいと思う。


 明け方5時。
 あたしはずっとオフィスのデスクにいた。あれ以降、電話は鳴らない。リュウも戻ってこない。
 煙草、喫いすぎて灰皿がいっぱいになっちゃった。のどもいがらっぽい。
「お茶…」
 奥の部屋でお茶を淹れようか、と椅子を立った瞬間。部屋のドアが開いて、リュウが戻ってきた。スーツケースをひとつだけ持ってる。
「リュウ…アンタ…」
「如月先輩、戻ってきました。水無月さんと一緒に。」
 リュウの声を聞いて、あたしは思わずへなへなと床にへたり込んだ。
「荷物が多いと邪魔だからって、小さい方のスーツケースにふたり分の荷物入れて、こっちは処分してくれって。『退職金』も渡しときました。ありがとう、って言ってました。」
「……」
 声が出ない。
「高速バスに乗せて見送ってきました。どこまで行くのか、途中でバスを降りちゃうかもしれないけど、落ち着いたら連絡するって。姉さんと俺の携帯番号、渡しといたから。」
「…ふたりとも、どんな様子だったの?」
「服とか取られたみたいで…カーテンみたいの身体に巻いて裸足で。身体中傷だらけだったけど…」
 ああ、やっぱり、酷い目に遭わされてたんだ…
「でも、さっぱりした顔してた。」
 リュウも、なんだかすっきりした顔であたしを見た。
「姉さんに、後のこと面倒掛けるけどよろしくって言ってました。」
「そうね。面倒ね。」
 あたしは机に手を突いて立ち上がった。
「でも、そんなの、何でもないわ。」
 頭の中も、胸の中も、スッキリしてる。
「リュウ、ありがとね。後はあたしに任せてね。」
 リュウが微笑んだ。あたしも笑みを返す。もう、心に引っかかることなんて、何もなくなっていた。


 あれから…
 相手の男から一度だけ連絡があったけど、あたしは突っぱねた。通報することをにおわすと、それ以降連絡はなくなった。
 繁華街のとある倉庫が破壊されてた、って噂で聞いたけど、ニュースにもなってないし、被害届も出してないんだろう。証拠になるものが、何もなくなっちゃったんだもんね。
 その後1年経っても、如月からも水無月からも連絡はない。
 まあ、便りのないのは良い便り、って言うからね。心配はしてない。
 あたしは会社の普段の業務に戻った。今までやってた裏の仕事は、うんと縮小はしたけど、リュウに引き継いでやってもらってる。
 プライベートでは見合いもした。父から会社を引き継ぐにあたって、片腕となる伴侶を探さなくちゃならない。でも、まだよく分からない。あたしにもいるのかな。あのふたりみたいな、唯一無二の相手が。


 そんなある日の昼休み。自分のオフィスで仕出しのお弁当を食べてたら、突然携帯が鳴った。番号を見ると公衆電話だった。今どき、公衆電話?
「…もしもし?誰?」
「俺。」
 聞き覚えのある声。胸の奥が、どくん、と音を立てた。
「守居ですけど、天照さんですか?」
 如月…
「それ、本名なの?」
「あれ?知らなかったっけ?」
「知らないわよ…」
 電話の向こう、街の雑踏の音がする。
「今どこにいるの?」
「それは言えねえけど。」
 くすっと笑う声。
「まあ、俺も沖も、元気でやってるんで。」
 ふたりとも、ちゃんと本名で暮らしてるんだ…
「遅くなったけど、退職金、ありがとな。」
「役に立ったでしょ。」
「おう。今はもう、自分たちで生活できてるけどな。」
 そう、もう1年経ったんだもんね…
「テメーも元気そうでよかったよ。…あ、もう10円玉がねえ…」
ぶつっ…ツーツーツー…
 ったく、公衆電話、10円玉で電話するって…何してんのよ、もう。
 でも…なんだか胸の中が温かくなった。ただ、嬉しい。
 あたしは、通話の切れた携帯をぼんやり眺めていた。

 ありがと。
 あたしも、頑張っていける。





the extra mission was completed.....so,all mission had been all finished;

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