□ 96_after "January" @the 2nd year □


 むかしの…多分いちばん最初の記憶。
 小さな俺は柔らかい膝枕に寝ている。
 細い指が俺の髪をそっと撫でている。
 香水か化粧品のにおい。爪は先を細く整えてあって、ピンク色に光っていた。
「陽晴ちゃんはいい子ね。」
 その声は、鳥のさえずりを思わせた。
 俺は膝にしがみつく。
「おかあちゃん…」
 その後にやってくる深い深い闇から、きっと俺を連れ出してくれる。そう信じてた…


 そんなものはなかった。
 誰も俺を連れ出してはくれなかった。
 でも、そんなもんだと思った。自分から望むこともしなかった。
 いつの間にかそれが当たり前になった。
 穢い自分に鈍感になった。
 そうしなければ命をつなぐこともできなかった。
 納得づくで、俺は俺になった。

 涙なんか…とっくに出尽くした。



「…ひばり…」
 柔らかな毛布の中で、その細くて長い指は俺の髪を撫でる。
 爪は短く切り揃えられ、ほんのり石鹸のにおいがする。
 少しざらついた、だけど甘い声。俺の名を呼ぶ声…
 毛布の中から顔を上げると、その声の主が俺をじっと見つめている。
 少し照れくさそうに目を細めて、指を俺の髪に差し入れると、すっと梳いた。そうして、瞼に唇を寄せる。
「おはよう…」
「…うん…おはよう…」
 そのままお互いの唇は重なり、ついばむようなキス。
 こんな朝を自分が迎えるなんて想像したこともなかった。
 起き抜けで、お互い伸びたひげがちくちくする。
 そんなことさえ、相手を感じられて嬉しい。
 俺は託弥の首に腕を回した。託弥はまるであやすように俺を抱き留めて、耳元でささやいた。
「…愛してるよ。」
 そのコトバは、液体のように身体のすみずみまで流れ込み、潤していく。
 なんだか目の前がぼやけて、目の裏が熱くなって、それを隠そうと、俺は託弥の腕の中にもぐり込んだ。
 顔を覗き込む、その熱くて濡れた視線に、俺は黙ったまま小さくうなずいて返事をする。
 こめかみに唇が落ちてきた。きゅっと抱きすくめられる。
 あったかい。
 この感覚を、小さな子どもだった自分に教えてやりたい。

 大事な大事な、だけどきっとちっちゃな毎日。
 俺が守りたい、守らなきゃならないものはそれだけ。
 俺を闇の中から連れ出してくれたその腕に、俺はもう一度すがり付いた。






to be continue…

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