□ 98_after "May" @the 2nd year □
ドアの鍵が開く音に気付いて、俺はソファから立ち上がる。
ちょっと疲れた顔のひばりが帰ってきた。
「おかえり…」
声を掛けると、ちらっと俺を見て、でもまた目を伏せて、
「ただいま。」
と小さく応える。
「姫に…何か言われた?」
「別に。報告書とか渡しただけだし。」
「…そっか…」
そうは言うものの、やっぱり姫には何か言われたんだろう。なんだか考え事をしてる顔で、でもひばりは自分からは何も言わない。だから俺からも、それ以上のことは言えない。
ひばりはまたちらっと俺を見て、それからまっすぐベッドの脇まで歩いていくと、スーツの上着を脱いで足元に落とした。そして、俺に背を向けたまま、小さい声で俺を呼んだ。
「託弥…」
振り返って、ほんの少し上目遣いに俺をじっと見てる。
「来いよ。」
その姿に、思わず見とれてしまう。
色素の薄いふわふわな髪、意志の強そうな眉に大きな目、柔らかそうな丸い頬、ぷるんとした唇からこぼれる声は思いの外低くて、でもほんのり甘い。
仕事のときに弄するうまいセリフや甘いコトバ(ひばり本人に言わせると「口から出任せ」)なんか比べものにならない、俺をとろけさせる熱い吐息。
ここ何週間か、それをすべて忘れたかのように仕事をしていた。どうして…平気でいられたんだろう。
俺は吸い寄せられるようにひばりに近付き、背後からぎゅうっと抱きしめて、その髪に鼻先を埋めた。
甘いにおいが俺を包む。そのにおいの正体は、ひばりがいつも喫ってる煙草だって知ってるけど、でもそれ以上に、少し汗ばんだ首筋からもっと強い甘いにおいがして、俺はたまらない気持ちになる。
思わずそこに口付けると、ひばりはぴくっと身体を震わせた。
「…なぁ…」
身体をよじって腕の中でこっちに向き直って、俺の首に腕を回すと、ひばりは耳元でささやいた。
「…我慢…できない…」
俺はひばりをベッドに押し倒した。そのまま唇をむさぼる。ひばりの舌先が俺の上顎をそっと撫でる。頭の中が真っ白になって、もう何も考えられない。
ひばりを全部俺のものにしたい。その思いだけ、ただ全身でひばりを感じたくて、余裕なんかまったくなくて、俺は夢中でひばりを抱いた。
「なぁ、託弥さ…」
情事のあとの気だるい時間。ベッドにふたりで横になったまま。ひばりは腹這いになって煙草を喫っている。甘い、メンソール煙草のにおいと一緒に、つぶやくような声が聞こえる。
「俺たち、このままずっと姫に言われるまま仕事するのかな。」
…何?何の話だ?俺は半身を起こした。
ひばりは頭を傾げて俺をじっと見ている。
「俺さ…ホントは…」
でもひばりはその後の言葉は続けず、枕元の灰皿に煙草をぎゅっと押し付けると、俺の腕の中にもぐり込んだ。
「なんでもない。おやすみ。」
くぐもった声で、俺の胸に顔を埋める。その額に小さくキスすると、ひばりは薄く微笑って俺の背中をぎゅうっと抱きしめた。
「愛してるよ、ひばり。もっとひばりを支えられる男になりたいって…いつも思ってる。」
耳元でささやくと、ひばりはちょっとだけ肩を震わせて、
「いいんだよ、テメーはそのまんまで。」
と小さな小さな声で言った。
to be continue…