■ naked desire ■ (2)
連れて行かれた和食屋は確かに旨かった。値段も手頃だし。
「ここ、よく来るんだ。店のインテリアも好きでさ。」
ありがちな和食屋、っていう雰囲気じゃなく、どっちかというとエスニックレストランみたいな?外国のどこかの絵や雑貨が飾ってあって、それを見るだけでも面白い。
「瑠さんて、いい店知ってますね。」
デザートの黒ごまプリンを食べながら俺は言った。これもさっぱりした甘さで旨い。
「んー…結構プラプラ出歩いてるからねー。」
瑠さんは芋ようかん。それを小さく切りながら、ひときれずつ口に運んでる。
「でも、ファンの子とかに見付からないんですか。それに、忙しいでしょうし…」
「案外見付からないよ。それと、時間はいくらでも自分で作るしさ。」
またひときれ。楊枝に刺すと、瑠さんは俺の前にそれを差し出した。
「これも旨いよ。食べてみる?」
はい、あーん。瑠さんは笑いながら俺をじっと見ている。その視線につられて、俺は思わず口を開いた。瑠さんは、俺の口の中にようかんを押し込んで、面白そうにまたじっと俺を見た。
「ん…旨いです…」
「な?やっぱさ、旨いもの食ってるときって無条件に幸せだし、イヤなこととか忘れてるんだよな。」
そうして、またにこっと笑うと、
「羽弓もさ、つまんなそーうな顔してないで、無理にでも笑ってろよ。」
と言った。
「それ…以前も言ってましたよね。」
「うん。雑誌の撮影で会ったときだっけ?」
あのとき…俺は女モデルの相手役、ただの添え物だったけど、瑠さんは大きく特集を組まれてたんだ…。今注目の若手俳優って。
それを思い出して、俺はちょっと俯いた。
「どうした?」
「いや、俺…今、仕事なくて…」
情けない告白。でも瑠さんは真剣な顔になって俺を見た。
「じゃあ、いっぱいレッスンできるじゃん。」
「レッスンばっかじゃ…」
「俺なんかさ…こんなに下手くそなのにドラマとか出ちゃって、もう自分が情けなくて恥ずかしくて…オンエアなんか見たことないし。」
決して俺をバカにして言ってるんじゃなくて、本当に自分にガッカリして言ってるんだ、っていうのが声で分かって、俺は瑠さんの顔を見返した。
「無責任だよな。でも、すごい落ち込むよ。」
「瑠さん、そんな下手じゃないですよ…」
「そんなには、だろ?」
あっ、失言だったかな…俺は唇を噛んだ。
「羽弓さ、斉藤旬耶と仲いいんだろ?あいつ、すごいよな…すごい上手だと思う。」
瑠さんは食べ終わった芋ようかんの皿を横にずらすと、テーブルに肘を突いて指を組んだ。
「こないだバラエティで一緒になったんだよ。あいつ、あんな場でも俳優なんだ。ちゃんと”素の斉藤旬耶”を演じてるんだ。びっくりしたよ…」
またじっと俺を見てる。じっと見るのって、この人の癖なのかもしれないけど、なんかドキッとするな…
「でもさ、落ち込んだ顔してると、どんどんヘンな顔になって元に戻らなくなるから。」
そう言って、瑠さんはまたにこっと笑った。
「羽弓も笑って。またチャンスは巡ってくるよ。」
なんか瑠さんって…いじらしいな。不貞腐れてた自分が恥ずかしい。
俺は急に胸がドキドキして、瑠さんの目の前に座ってるのも落ち着かない気分になってきていた。
「羽弓、最近レッスン頑張ってるみたいね。」
1ヶ月振りに事務所に顔を出したら、マネージャーが嬉しそうな声で言った。
「少しは…進化しないといけないと思って。」
俺も笑顔で答えた。
あれから…瑠さんと飯屋で話してから、俺は自分から何でもやらなきゃいけないって強く感じて、瑠さんに追いつきたくて、レッスンにも気合いを入れて臨むようになっていた。
それと、時間を作って出歩くようにして、いろんなものを見聞きして吸収しようと思うようにもなった。
あとは笑顔、笑顔も忘れない。ちゃんと意識して笑顔でいること。
全部瑠さんの受け売りだけど、でも自分のためになることだから。
今は、旬耶に対する僻みみたいな気持ちもなくなっていた。
そんな俺の変化に気付いてくれたマネージャーにも感謝しなくちゃな。
「ねえ、羽弓、オーディション受けに行ってみない?」
急にマネージャーは書類の挟まったぶ厚いファイルをぱらぱらめくりながら言った。
「今やってる子ども向け特撮なんだけど…敵側に追加戦士が入ることになって、そのオーディションがあるのよ。」
「行きます!いつですか?」
俺は食い気味にマネージャーの見ているファイルを覗き込んだ。
「来週の金曜日ね。」
「あと10日くらいありますね。」
「そうね。えっと…それまで中立の立場にいた者が敵側の味方になって、って役みたいよ。」
「じゃあ、今までの放送って見れますか?どんなストーリーか覚えておかないと。」
「やる気満々ね。」
マネージャーはファイルを閉じると、俺の胸をとんっと叩いた。
「今までの放送は手配しておくわ。オーディションのエントリーもしておくわね。」
「お願いします!」
勢いよく頭を下げると、マネージャーは早速どこかに問い合わせの電話を掛けていた。
すごいな、オーディションに行けるだけでも、以前の俺からすればすごい進化だ。
そうだ、オーディションの日は、あのとき瑠さんが選んでくれたTシャツを着ていこう。お守り代わりになりそうな気がする。
オーディションからまた更に1ヶ月。結果が届いた。その報せを持って、俺は瑠さんの幼なじみの店に向かった。俺のこと、覚えててくれてるかな…
「こんにちは…」
店の中では店長がひとり、商品をチェックしているところだった。
「ああ、羽弓くんだっけ?」
「はい。ご無沙汰しちゃって…」
「ホントだよー、また来るって言ったのに。」
店長も笑いながら応えてくれた。
「あの、今日は瑠さんは…」
「ああ、仕事なんじゃない?」
「…ですよね。」
当たり前だ。売れっこなんだから。でも瑠さんにいちばんに結果を知らせたかった。
「瑠に用事?携番知らないの?」
「ハイ…」
店長は自分のスマフォをジーンズのポケットから取り出すと、電話を掛け出した。見るともなしに見ていると、
「…あ、瑠?おまえ今どこ?」
瑠さんに電話してくれてんのか…
「ああ、家にいるの?今さ、店に羽弓くんが来てんだけど。」
俺の方を見ながら
「え?教えていいのかよ。…ああ、分かった。」
電話を切ると、店長はスマフォをまたポケットに納めて、
「家にいるから来てくれってさ。すぐ近くだから。」
レジ前にあったメモ用紙に地図を書いてくれた。
「いいんですかね…」
「んー、本人がそう言ってんだからさ。」
でもぽりぽりと頭を掻くと、
「でもまあ珍しいよな。めったに自宅に人を呼ばない奴だから。」
と、興味深そうに俺を見つめた。
教えてもらった瑠さんのマンションは、店から5分くらいのところだった。
道すがら、俺はコンビニで飲み物と、ちょっと高価いアイスを買った。
マンションのエントランスで、メモに書いてある部屋番号を押す。オートロックが開いて、エレベーターに乗り込むと、瑠さんの部屋に向かった。
なんだか緊張する。俺なんかが瑠さんの部屋に行っていいのかな…でも、オーディションの結果を知らせたいだけだから、玄関先で話すだけでいいんだ。
”芳川”のネームの付いた部屋…インターホンを鳴らすと、すぐドアが開いた。ドアの内側には、眼鏡をかけた瑠さんが立っていた。
「こんにちは。突然すみません…」
挨拶しながら、俺は戸惑っていた。様子がおかしい…。眼鏡の奥の目が、泣きはらしたように赤い。
「入って。」
促されるまま、俺は玄関に入った。瑠さんはドアをぱたん、と閉めると、突っ立ったままの俺の背中をとんっ、と叩いて、
「何してんの。上がれば。」
と、部屋に戻って行った。
「お邪魔します…」
瑠さんの後について部屋に入ると、そこはベッドとテレビだけのガラーンとした空間だった。床も壁も天井も、カーテンまで真っ白。病院みたいだ…
「ここ、座っていいよ。」
瑠さんは自分もベッドの縁に腰掛けた。そして、
「何それ、おみやげ?」
俺が提げていた袋に目を留めて、いたずらっぽく訊いた。
「ハイ、アイスと飲み物なんですけど。」
「ありがとな。俺アイスだいすき。」
袋ごと差し出すと、瑠さんはキッチンからスプーンを2本持ってきて、1本を俺に手渡した。
「今食べよ?」
スプーンを口にくわえて蓋を開けてる。その様子を、俺はぼんやり見ていた。
元々不思議な雰囲気の人だけど…やっぱり今日は何だかおかしい。
「食べないの?溶けるよ?」
瑠さんの声で我に返って、俺も慌ててアイスの蓋を開けた。
アイスを食べ終わると、空になった容器とスプーンを床に置いて、瑠さんはベッドにぱたっと倒れ込んだ。
「もうさ…疲れちゃった。」
肘を枕にして、眼鏡越し上目遣いに俺を見てる。
「こないだは羽弓にあんなかっこいいこと言ったけど…俺ホントはそこまでポジティヴシンキングじゃないんだよね。」
そうして、少し俯くと、小さな声で話し始めた。
「昨日までビデオ作品の撮影してたんだ。そこのスタッフが話してるのが聞こえちゃって。」
何か喉につっかえてるみたいに、声が切れ切れになってる。
「こんなド下手な俳優初めて見た、って。なんで役が取れたんだろう、枕営業でもしてんじゃないか、って。」
「そんなこと!」
思わず瑠さんに向き直ると、瑠さんはなだめるように俺の腕をぽんぽんっと叩いた。
「勿論、俺はそんなことしてないよ。でも実力以上の仕事をやらせてもらえてるのは確かだし。ま、事務所の力だけどね。」
寂しそうにふっと笑う瑠さんの口許を見てたら、俺はどうしようもない気持ちになってる自分を、もう抑えることができなくなっていた。
「瑠さん。」
俺は、横になったままの瑠さんに覆い被さるように顔を寄せた。
「な…何…?」
瑠さんはびっくりした様子で俺の肩を押し戻した。
「俺、今日瑠さんに会いたかったのは、オーディションの結果を知らせたかったからなんです。」
その姿勢のまま、俺は話し続ける。
「特撮の追加戦士の役で…こないだ瑠さんと話して、俺も頑張らなくちゃって思ってオーディション受けたんです。」
「で…結果が出たのか。」
俺は頷いて、そこでやっと身体を起こした。瑠さんも起き上がって、ベッドの上に座り込んだ。
俺は深呼吸すると、
「ダメでした。」
まっすぐ瑠さんの目を見て言った。瑠さんは、はぁ、と溜め息を吐いた。
「残念だったね。」
「でも、本気で頑張った結果だから仕方ないかな、って。スッキリした気分なんです。また次に頑張ろうって。」
「そう…羽弓は強いね。」
瑠さんはうっすらと微笑んだ。消えてなくなりそうな笑顔。
俺はもう我慢できず、瑠さんの肩を抱き寄せた。
「…羽弓…?」
瑠さんの肩が、身体全体が、力が入って強張っている。
俺だってドキドキして手が震えてるけど、でも、こうせずにはいられなかった。
「瑠さん、俺、もっと瑠さんの傍にいたい…です。」
思ってることだけ、正直に言おう。そう思って、俺は必死に話した。
「恋人になりたいってことじゃなくて…瑠さんの傍にいると俺自身も向上できるし、あの、それに、もし瑠さんが辛いことを吐き出したいときは、受け皿になりたい、っていうか…」
俺の腕の中で、瑠さんは俯いている。
「あの…ダメですか…」
顔を覗き込もうとしたら、瑠さんは身体の力をふっと抜いて、俺に寄り掛かると、
「おまえ、ずるい。弱ってるとこにつけこむとか…」
と、呟いた。そのまま俺を見上げて、小さな声で、
「傍にいてくれんの?」
訊きながら腕を回して、俺のTシャツの背中をきゅっと掴んだ。
「いますよ。瑠さんが完全に元気になれるように。」
この気持ちが何なのか、自分でも分からない。俺自身、考えなきゃいけないこともたくさんある。
でも今はただ、瑠さんの頼りになる男になりたいと思う。
こうして瑠さんを抱き締めていたい。
俺でいいなら、だけどね。
■了■