■ 別れの予感 ■


 あたしには『注意義務』があったのだと思う。用心して、その義務を全うしなくてはならなかったのだと思う。
 その義務を怠ったつもりはない。だけど、実際、このような状態になってしまうと、その義務がいかに大切であったかを痛感すると共に、もうどうでもよくなってきてしまうのも、首をかしげながら苦笑せざるを得ないという感じだ。
 好きになってはいけなかったはずのひとをすきになってしまった。
 それは突然やってくる。胸の絞めつけられる想い。それはあまりにも甘美だ。
 「甘い」という味覚は「苦い」という味覚に似ている。「甘味」はまるで脳震盪を起こしたときのように頭の中に鈍く突き刺さり、口の中は苦くなってくる。「甘美」なキモチは苦しい。苦しくて喘ぎながら、あたしはその快楽に浸る。だけど、いつかそれが「苦しさ」だけになってしまうのではないかといつでも怯えている。
 「彼」と会うと、この瞬間が1分1秒でも長く続けばいいのに、と思う。「彼」の胸の上に頭を乗せて、「彼」の心音と「彼」の声が「彼」の体内に響くのを聞いていると、このままずっと「彼」の胸で眠りたい、と思う。「彼」の指の触れた場所は、いつまでもその感触を忘れないように、その時間を何度も反芻している。
 そしてふと思う。「彼」がいなくなったらあたしはどうなるのか、と。
 想像の中の「彼」との別れは、やっぱり「甘美」だ。だけど、あたしは…
 だけどあたしは。だけど…あたしは…?
 …そう、それはいつでも突然やってくる。
 「彼」がくれたmp3を何度も聴き返してるときも、家に帰る別れ際のキスのときも、「彼」の腕の中で泳ぐときも。
 「彼」と離れ放れになるときのことなんて考えたくない、なんて。
 あたしは自分で考えているよりもずっと、「彼」をすきなのかもしれない。


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