ブナ林随想(1)     伐 採 は た や す い が  

 
 先日、何人かの仲間たちと雨にけぶるカヤノ平 
(長野県木島平村)のブナの森を歩いてきた。

  林道ぞいは竹の子採りの車が並んでいたが、 森へ入ると時折バードウオッチングの人たちに出会っただけで、静かな聖域であった。

  青空を背にしたブナの新緑を案内したかったのだが、雨の森を歩くことはめったにないことだから、これもよい機会だろうと傘をさしての探索となった。

  ブナの樹肌に、雨のしずくがぬれ落ちる様をじっくりとたたずんで眺めてきた。

  ブナの森は、太い木と細い木がさまざまに組み合って伸びていた。わずかな樹冠のすき間も奪おうと、互いに競り合いながら伸びているようでもあり、下層でじっとがまんしながら耐えているようにも観察できた。空につき出た大樹の枝は風雨にざわめいても、大きなマントでおおわれているように森の中はケロリとしていた。


 
  帰りは野沢温泉へ向かったが、不自然な枝ぶりをしたブナが林道ぞいに散見され、枯れ枝となった木もけっこう見える。抜き伐りされた残り木だとすぐわかる。

  今、話題となっている鍋倉山
(飯山市)のブナ巨木地帯も、むかし伐り残されたうちの何本かであろう。現在のように意図的に何割間引くということではなく、たまたま手引きの鋸にかからなかった「木で無い」見捨てられた仲間と想像される。

  日本一と折り紙のつけられたブナの大木も、すでに枯れ死ぬ直前である。森の仲間がつぎつぎと伐られて、風雪に孤軍奮闘してきたが寿命がきたのだろう。いや、寿命は縮められたのかもしれない。


  奥山のブナ林が樹種転換の難からようやくまぬがれたと思ったら、こんどは間引きで若がえり策を施すのだという。何世紀と続いてきたブナの自然の森に、今あわてて人手を加えてほんとうに大丈夫なのだろうか。

  伐ることはたやすいことだが、育てるには何百年を必要とする。二十一世紀への課題に残してもけっして遅くはあるまい。
 
                   (初出;信濃毎日新聞 昭和62年7月6日) 拙著「緑の山河望郷」より


 皆伐方式から抜き伐り(間引き)へ

 ササが蔓延してしまい、ブナの芽生
えができなくなった

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