「韓 国名物は冷麺ニダ!」
31号 アジア諸国は麺、旧ソ連ではお粥やクレープ。各国のそば料理   
 そばは言うまでもなく、最初から細長く麺の形にして食べていたわけではありません。今のよう な食べ方になったのは慶長年間(1596〜1615)からと言われ、それ以前は粉にしたものを練って食べていたようです。
 先週、世界第1位のそば「生産国」は旧ソ連と書きました。にもかかわらず日本への輸出が少ないのは世界第一位の「消費国」でもあるからです。ロシア、ウ クライナはそばが寒冷で痩せた土地でもよく生育することから古くからそばの栽培が行われていますが、代表的な料理はカーシャという挽き割りそばを塩味に仕 上げたお粥や、ブリヌイというそばクレープ料理。韓国は言うまでもなく冷麺、中国では発祥地である雲南省などの北部地域では面、餃子、ワンタンの皮、まん じゅうなどに使われ、日本最大の輸入元である内蒙古では「そば切り」で食されています。
「健 康的なダイエット食品だね」
32号 相性抜群!おでんにからし。使った理由は殺菌と食中毒防止のためだった
 高地では雪がちらつき、下界でも落葉。暑かった夏も今は昔。冬将軍もそこまでやってくるこの季節、食卓に欠かせないのが「おでん」。
 おでんの起源は江戸時代初期に誕生した、こんにゃくや豆腐、芋などを串に刺して煮こんだ「田楽:でんがく」といわれ、それが江戸中期に味噌煮込みの屋台 料理として広まり、江戸後期になって醤油の普及とともに関西へ醤油味の「関東(広 東)煮」として伝わったという説が有力なようです。
 おでんは昆布にビタミン、ミネラル、大豆製品にはビタミンE、ジャガイモはビタミンC,レンコンや大根、ごぼうには食物繊維とカロリー控えめで栄養満点 のスグレモノです。からしを使うようになったのは屋台料理で食べていた当時に、殺菌と食中毒防止のためというのが理由だったとか。昔の人は頭いいね。
「フィッ シュバーガーの原料も「ホキ」」
33号 「持久力」か「瞬発力」か魚の色は血管の密度で変わる
 魚にはマグロを中心に赤味のものとタイなどの白身の魚がありますね。
 何で同じ海を泳ぐのに身の色が違うのだろう?その理由を調べてみるとは筋肉の使い方が違うからだそうです。
 赤身の魚は群れで行動し、遠距離を泳ぐため、それに見合った筋肉と血管が必要で、それによって多くの酸素を取り入れて、脂肪を燃焼させて持久力を得てい ます。その血管が多いために赤く見えるのに対して、白身魚は近海で泳ぐために血管の量が少なく白く見えるそうです。白身魚の筋肉は持久力こそ赤味魚には及 ばないものの、瞬発力に優れ、餌を獲るのに都合がいいのだとか。赤い色は血管の密度だっ たわけです。
 さて「白身魚」のフライで多く使われているのは“ホキ”という聞きなれない魚。ニュージーランドの海底付近に群れている魚ですり身にも使われ、タラに近 い食感があります。
「最 初の用途は戦争目的」
34号 缶詰を開発させたのは、かのナポレオンだった
 地震の際の保存食として欠かせないのが缶詰。缶詰の歴史は意外と古く、かのナポレオン1世が戦場での携帯に便利な非常食を 一般に募集、1804年にフランス人の菓子職人ニコラ・アベールが缶やビンの中に食物を入れて密封、加熱殺菌するとい方式を考案、「缶詰の原理」が誕生し ました。ここで実用化されたのはビン詰。今の缶詰に“進化”したのはその6年後、英国のピーター・デュランがブリキ製での応用を可能にしました。
 当時は缶切りというものがなく、一般にはノミや金槌、戦場では銃で缶を開けていたといいます。
 ちなみに最初の商品名が『Tin-can-ister/ブリキの缶』と言 う物で、英語で缶詰を「Can」と言うようになったのはここからです。さらに日本語で『缶/かん』と言うのも、この言葉から来ています。
「備 えあれば憂いなし」
35号 日本最初の缶詰は130年前、近代化の開始と歩んだ缶詰の歴史

 先週触れたように「缶詰の原理」が誕生したのは1804年。今年が200周年に当たるということで、日本でも当時のレシピに基づいて復元するなどの催し が行われました。
 日本の缶詰はそれに遅れること約70年。1871年(明治4年)長崎の松田雅典という人がフランス人の指導で、いわしの油漬缶詰を作ったのが始まりで す。昭和初期にはさけ、かに、まぐろ、いわし、みかんなどが缶詰になって重要な輸出品として海外へ輸出されていましたが、昭和30年以後は国内向けが多く なり、さまざまな缶詰が消費者に供給されています。
 この10年間(1992/2002)では食用の缶詰・瓶詰めの消費は約6割に減っているのはレトルト食品を含め、加工食品が多様化していることが理由で すが、一方、飲料缶はほぼ横ばいの傾向を示しています。
「健 康作りは1日2個のみかんが一番」
36号 温州みかんの「温州」の名は中国のみかん産地「温州地方」から
 日本人が食べている果物のナンバー1はバナナ、りんごを抑えてみかんです。
 みかんの栽培を始めたのは4200年前の中国で日本に入ってきたのは約1200年前とされ、「古事記・日本書紀」に現在のみかんの木の原形を中国から持 ち帰ったという記述があります。
 現在、世界で900種類のみかんがあるといわれますが、日本のみかんは400年前、突然変異によって日本独自の種無しみかんが誕生しました。「熊本みか ん」「愛媛みかん」「有田みかん」「静岡みかん」など、日本各地にさまざまなみかんがありますが、実はこれらはみな温州みかんなのです。さて、世界のかん きつ類生産国の消費動向を見ると大規模農家が中心で生産コストの安いアメリカ、ブラジル、イスラエルなどは加工原料中心。零細規模の農家の多いスペイン、 イタリア、日本などは高品質で販売単価が高い生食中心という傾向があります。
「そ ばを食べても借金は減りません・・・」
37号 年越しそばの由来はお金にまつわる縁起担ぎというお話
 年末商品の定番といえば「そば」。我が家でも“年越しそば”を食べるのは定番となっていますが、なぜ年越しに「そば」を食べる かという由来についてはそばが「細く長くのびる」ことから、寿
命を延ばす、家業を伸ばすという“縁起説”、切れやすいことから一年の苦労や厄災、あるいは借金を断ち切るという意味や、金箔を使う細工師は飛び散った金粉を集め る時に練ったそば粉を使う。そこから、そばは金を集めるという縁起で食ベるようになったという説な どさまざま。
 いずれにしてもそばが一般に広がった江戸時代の「現世利益」の風潮を反映しているなあという気がしますね。
 まあ、年越しそばを食べて不景気を吹き飛ばし、来年こそはという願いを込めて年越しそばを食べましょうか。生協の霧しなそばの注文は来週12月6回に て。味は絶品です!
「今 はスケソウダラなどの冷凍すり身が主流」
38号 お正月の定番”かまぼこ”の原料はかつて「なまず」だった
 正月商品の定番「かまぼこ」の歴史は古く、かまぼこの名は平安時代にあり、魚に塩を加えてすりつぶし、竹に塗って焼いたという 代物で、貴族や上流階級の食べものであったようです。
 発祥地は京都であったようで、材料については室町時代(16世紀前後)の記録によると、鯉やなまずだったとか。
 いづれも淡水魚なのは海産鮮魚が入手しにくい京都の地理的条件の反映であったのでしょうが、ここで言う蒲鉾とは現在の焼きちくわに近いもの。現在のよう な板付きかまぼこが現れるのは室町時代末期で江戸時代になると紅白に染めたり、ウニや卵黄を入れたかまぼこが現れ、より現在に近いものになっていきます。 小田原など消費地である江戸と近いかまぼこは蒸し蒲鉾、京阪神では消費地まで時間がかかるため、蒸してから焼く蒲鉾と分かれていき、今でも東京と関西の違 いとなっています。

39号 名字ランキングのお話で、コラムはお休み


「最 近、飲めなくなったなあ・・・」
40号 祝い事の定番「乾杯!」には毒見の意味があった
 いよいよ年末。僕は体調が今ひとつということもあって欠席しましたが、うちのセンターでも忘年会があり、夜遅くまでカラオケで盛り上がったようです。  忘年会に限らず、祝い事の席で必ずグラスを合わせる「乾杯!」。そもそもの起源は、古代に神または死者のために神酒を飲んだ宗教的儀式といわれ、やがて人 々の健康や成功を祝福する儀礼に変化してきたようです。グラスをぶつけるのには酒の中に宿っている悪魔を追い払う、とかグラスをぶつけ合うことで互いの酒 を混ぜ合わせ毒が混入していないことを明らかにする、家の主と客が同時に乾杯して一気に飲み干すことで、客に勧める酒に毒が入ってないことを証明す る・・・なんていう意外にも「毒見」という物騒ないわれがあるそうです。国によっては乾杯後にグラスを叩き割る、という風習も。やっぱりなごやかな乾杯の イメージにそぐわないですねえ。