『銀河英雄伝説』のキャスティング


  ※これはアニメ『銀河英雄伝説』外伝第二期製作時(2000年)に公式HP用のインタビューに応えたものを再録・加筆したものです。

Q&A:キャスティングについて

Q:『銀河声優伝説』と言われる程、『銀英伝』のキャスティングは凄いと思いますが、どのようにキャストを決めているのですか?

田原:いろいろなケースがあるので一口に説明できないのですが、基本的には次の3つのケースに分けられると思います。

@最初からこのキャラにはこの人で、とこちらから決め込んで出演を依頼する場合

Aキャラクターのイメージを音響監督の明田川さんに伝えて、それに合いそうな人のデモ・テープを集めて頂いて、私と石黒さんと清水さんが 聞いて選ぶ場合

B@Aで決め込み切れずに、ある程度絞ったところでオーディションを行い、実際にその役を演じてみてもらって決め込む場合

Bのケースはやはり超重要なキャラクターの場合に多く、ラインハルト、 キルヒアイス、アンネローゼ、
ユリアン、カリンなどがBのケースで、最終的にはオーディションで決まりました。

@のケースはミッターマイヤー、ロイエンタール、オーベルシュタインの帝国軍三長官を始め、ポプラン、シェーンコップ、アッテンボロー、キャゼルヌ、メルカッツ、ビッテンフェルト等々第1期から登場している
主要キャラはこのパターンが多いです。

 ちょっと特殊な事情だったのがヤンの富山さんで、最初からヤンは富山さんのイメージだったのですが、当時の富山さんは青年役を“卒業”されてしまっていて老け役(ちびまる子の友蔵とか、鬼太郎のネズミ男とか)が多くなっており、ちょっと青年役は 難しいのではないかという明田川さんの意見だったのです。そこで富山さんのイメージに近いところで誰か捜そうということになり、随分デモ・テープも聞いたのですが、結局いまひとつピンと来ないということになり、やはり富山さんにお願いしようということになったのです。他のアニメに比べれば大人のキャラクターが多いので、決して老けては聞こえないだろうという判断もありました。 で、このヤン=富山さんというのがまず一番最初に決まって、そこからのバランスで他の役が決まって いった訳です。
またパイロット版である『わが征くは星の大海』の時からシリーズを念頭においていたので、例えばオー
ベルシュタインなどは『わが征くは―――』に限って言えばチョイ役なのに敢えて塩沢さんを当てたりしている訳ですが、この辺など最初から明確にイメージがあったからです。
因みに最初のキャスト表を田中先生にお見せした時、開口一番「オーベルシュタインの塩沢さんってのはわかりますねぇ」と仰っておられました。尤も『わが征くは―――』の後、脚本の首藤さんのところへ来た塩沢さんからの年賀状に「あれは何だったんですか?」とあったそうですが(笑)、確かに『わが征くは―――』だけでは何が何だかわからなかったでしょうね………。

こうした主要キャラは別にして、基本的にはAのケースが一番多く、特に最近は殆どこのパターンで決まります。というのも、我々が知っている声優さんはとっくに出尽くしてしまっていて、新人さんや劇団関係の役者さんに頼む場合が多くなっているからです。
その中でも少し変則的な例としては、キャラのイメージを説明した時に明田川さんから「だったらこういう人はどうですか」という投げ返しがあって、 「それは面白い!」と手を打って即決する場合もありました。例えばフォークの古谷さんとかウィンザー夫人の松島さんなど、意外性があるんだけどピタリはまっていると思って結構気にいっているキャスティングなんですけど ………どうですか?

 さて、良い機会なので外伝のキャスティングについてお話しましょう。
 今回のカギは何と言ってもブルース・アッシュビーです。これは実はかなり難航しました。アッシュビーはある意味で主役です。少なくともあの第2次ティアマト会戦の時代では完全なる主役であり、“スター”で
す。ヤンはもとよりラインハルトよりも華やかな存在であったかも知れません。言わば主役すら凌ぐような存在感が必要です。その意味でキャラクターのデザインでもかなり悩んだのですが、キャストの方が一層難しかったと言えます。何しろ先ほども触れましたが、アニメの主役クラスの声優さんは殆ど出尽くしていますから。そこで声優さんに限らず、実写の俳優さんや舞台の役者さんなどいろいろな方のVIDEOを見たり、テープを聞いたりして検討しました。それでも決め切れず一○数人の方にはオーディションに参加して頂いたりもしました。しかし納得行く答えは出ませんでした。実写の俳優さんの名前も幾人か挙がりましたが、 吹き替えの経験の問題、ギャラの問題、スケジュールの問題、様々な問題が仲々解決できません。実は半年も前から進めていたのに決定できずにアフレコの日程が迫って来てしまいました。仕方なく取り敢えずアフレコの日程を1週間遅らせながら更に知恵を絞りました。
 そんな時に(音響監督の)明田川さんから風間杜夫さんの名前が出たのです。言うまでもなく『Xファイル』などで洋画の吹き替えの経験は豊富です。『源氏物語』でアニメのアテレコの実績もお持ちですし、何よりネームバリューも存在感も申し分ありません。
ただ『Xファイル』にしろ『源氏物語』にしろ、声の仕事では演技が抑え目の役柄のイメージが強かったのでアッシュビー役としてはピンと来なかったのです。その旨を明田川さんにお話したところ、「でも銀ちゃ
ん(=映画『蒲田行進曲』)ですよ」と言われ、一遍に納得しました。 「そりゃそうだ、スター役はうってつけじゃないか!」―――声の仕事のイメージにばかり気を取られていて迂闊にも失念していました。
早速出演を依頼したところ快く引き受けて頂き、幸いスケジュール的にも問題なく、土壇場でようやくアッシュビー役が決まった訳です。
 核になるキャストが決まると、その後は一気に決まるものです。アッシュビー用に沢山のデモテープを聞き、オーディションの際に他の役も演じてみてもらったりもしていましたのでその中から730年マフィアの
面々が、ああいう形で決まりました。結果は聞いて頂いたとおりです。 味のある、すばらしい集団になっていると自負しているのですが、いかがでしょう?

 最後に新しいヤン役についてお話しておきましょう。今回のアッシュビーと同様―――いや、それ以上に苦しんだのは前シリーズの時のヤンです。前述しましたが、富山さんのヤンは、実は『銀英伝』のキャストの核だったのです。要石、礎石―――富山さんのヤンとのバランスを考えながら他のキャストが決まって行ったと言っても過言ではありませんでした。それだけに富山さんが亡くなった時の衝撃は、皆さんが考える以上のものだったと思います。3日は何も仕事が手に着かず、本当に途方にくれていたのです。
当時すでに本伝の4期の制作に入っており、回想シーンなどでヤンの登場シーンが既に描かれていました。大きな変更は効きません。その時点から代役を立てる話はありましたが、回想だけ他の人の声というのは、我々にはどうしてもできませんでした。そこで苦肉の策としてナレーションで代用したり、ユリアン
にモノローグで代弁させたりという形になった訳です。結果的にヤンがいないということをより印象づける結果になったと好意的におっしゃって頂いたりしましたが、何よりも我々スタッフの苦悩の産物でした。

 実はこの時、半分苦し紛れにコンピュータで富山さんの声を作れないかということも考えました。ところがこれも簡単ではありません。某CMの様に既に録音されている音を組み合わせて一つの単語を入れ換える程度なら何とかなりますが、新しい台詞となるとそうは行きません。いろいろ調べましたが、今の技術でもサンプリングした声でコンピュータに原稿を読ませること自体はできるようなのですが、せいぜい朗読がやっとで声優さんに要求されるような「演技」はできないのです。
 名探偵コナンのような変声機で、誰かが演じた声を富山さんの声に変えるとかはできないのか? ―――そういう意見もよく聞きます。これも技術的には不可能ではないと思いますし、研究をしている機関もあるようなのですが、犯罪への悪用のおそれなどもあるのか技術は公開されていません。それに何より「声の肖像権」というべき声優さんの権利の問題もあります。スタッフからも「それは亡くなった方への冒涜ではないか」という意見もありました。そう遠くない将来、技術的には可能になったとしても、簡単に使っていい手段ではないのかもしれません。 いずれにせよ、今現在使える手段ではないのです。

 それはさておき、外伝の制作が決まった時、再びヤンの声をどうするかという問題に直面しました。今度は逃げられません。ただ、本伝から時間が経ったことで 多少我々の気持ちの整理が着いたことも確かです。それと何より過去の話です。つまりヤンの代役を立てるというのではなく、若き日のヤン・ウェンリーを別にキャスティングするのだ、ということで皆が納得したのです。
他の例で言い換えるなら、例えば今回若き日のビュコックが登場します。19才のビュコックを富田耕生
さんではなく別の人が演ることに疑問を感じる人は少ないでしょう。それと同じなのだ、と解釈することに
したのです。
 仮に本伝の途中でこういう事態になれば、また違った選択になったかも知れません。しかし、とにかく今回は“若き日のヤン・ウェンリー”というコンセプトで行こうと決めたわけです。
 しかし、そこからの作業はアッシュビーのそれと同様、難航を究めました。テープを聞いた数で言えば、
100人を越えたと思います。これが難しかったのは、若いヤンとは言え、他のキャストとのバランス上、極端に若手には出来ない点です。かと言って中堅どころで主役クラスのできる人というのは、ほとんど
既に他の役で出演してしまっていて(ダブルキャストもやっていないわけではないですが)流石に主役を他の役をやっている人とダブらすわけにはいかなかったからです。
 『銀英伝』に出ていなくて、キャリアとネームバリューがあって、シリーズの主役がやれる人―――この
時も実写の俳優さんの名前も出ましたが、アッシュビーのように登場回数が限られる場合と違って、今後レギュラーで出て頂かなくてはならないので、その辺も考えなくてはなりません―――こう条件が重なってピッタリ来る人は仲々いないものです。郷田ほずみさんに辿り着くまで、会う人ごとに「誰かいない?」
と訊いていたものです。

 郷田さんはアニメ・ファンには『ボトムズ』のキリコの暗いイメージが強いのですが、実写では怪物ランドのコントなど、飄々とした軽妙なキャラクターを見せています。実はその辺は予備知識として持っていたのですが、随分前に他のアニメで出演を打診した時に、プロダクション側からアニメはもうやらないと断られたことがあったので、最初から諦めていたのでした。それがたまたま他のアニメに出ておられるのを見て、調べてみてもらったところプロダクションを移られ、声優の仕事も請けられるとのこと、それなら是非ということになった訳です。更に無理を聞いて頂いてオーディションでヤンを演じて頂き、スタッフの満場一致で決定をみた訳です。
 以後は皆さんご存じのとおりで、今回の『螺旋迷宮』で完全に“若き日のヤン・ウェンリー”をモノにされていると思います。
 正直言って唯一失敗だったかなと思ったのは、『螺旋迷宮』を先にやるべきだったかな、ということです。というのは先の『千億の星、千億の光』では、ヤンの出番が少なく、馴染むには短すぎたことと、“若き”といいながら本編スタート時より2年しか前でないこと、などで、今回の『螺旋迷宮』の21才のヤンの方が、一層違和感なく受け入れられたかな ………と思った次第です。ですが、とにかく『螺旋迷宮』ではスタッフ間で「もう全く違和感はないね」と頷き合ったものです。ファンの方にもそう思って戴ければ苦労のし甲斐があったというものなのですが………。

 とにかく、12年も続いている希有な作品です。声優さんも亡くなる方や仕事を辞めたり休んだりされる方もおられ、どうしてもキャストの変更を強いられる場合もあります。この辺は不可抗力なので、御容赦頂きたいと思います。
 その都度、我々は真剣に悩み、如何に納得して戴けるように対応するか、大変な努力をしているのです。ヤン役の交替に関しても様々なご意見やご感想をいただきましたが、我々の選択は間違っていないと思っています。『螺旋迷宮』にはその答えがあると思うのですが、いかがでしょうか?



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