河中志摩夫の『新釈 眞田十勇士』ライナーノート3

「十勇士の設定」

 前回書き忘れましたが、実在の三好清海入道は「せいかい」ではなく「じょうかい」と読むようです。また同じく為三入道も「いぞう」と読むのではないかとの説が有力です。その意味でも「眞田十勇士」の三好晴海、伊三の兄弟とは別人(?)なのでしょう、きっと。

 他の「十勇士」のメンバーですが、本作のキャラクターは猿飛佐助、霧隠才蔵、海野六郎、望月六郎、禰津甚八、穴山小助、筧十蔵、由利鎌之助です。これらの名前も基本的には立川文庫に拠っていますが、前にも述べたように同じ立川文庫といっても設定はバラバラですから、かならずしもこの名前のキャラクターが決定版とも言い切れません。
 ただ「眞田十勇士」をモチーフにした作品は多くの作家によって書かれていますが、その殆どが十勇士の名前に関しては(表記はともかく)この十人を挙げているので最大公約数的なところだと思います。もっとも柴田錬三郎の「柴錬立川文庫 猿飛佐助」同「真田幸村」では海野、望月、禰津の代わりに他の三人が入っています。この「柴錬立川文庫」版はNHKで放送した人形劇「真田十勇士」(「新・八犬伝」の後番組でした)の原作になっているので、ひょっとしたらそちらの十人の方で覚えている人も多いかもしれませんが、スタンダードはこちらだと思って下さい。




 さて、前述の通り多くの作家が「真田十勇士」を書いているのですが、十人の設定は各作家のオリジナリティの見せ所でもあるので「てんでんばらばら」というか「十人十色」というか、様々な個性と設定が与えられています。(逆に言うと、立川文庫の十勇士は皆似たようなキャラクターで、あまり個性が感じられないのですが)
 それはフィクションなので「正解」はない、というこの「ライナーノート」の趣旨から言っても「当然」のことなのですが、それでも正直、中には首を傾げたくなる設定もあります。例えば、海野、望月、禰津(或いは根津・祢津)は実在の眞田家臣団に存在する苗字ですし、眞田と氏を同じにする滋野氏族です。その海野、望月、禰津の苗字を持つ者が、縁もゆかりもない他家の浪人だったのが偶然幸村の家臣になったというような設定は無理があるのではないか、ということです。そこで本作では素直にこの三人は眞田家臣の子弟ということにしました。
 今回の十人の設定で拘ったのは「苗字」です。この三人もですが、三好兄弟は前回述べたような背景から設定していますし、穴山小助も「穴山」と言えば甲斐の武田家の一族でありながら武田勝頼を「裏切った」として有名な「穴山梅雪」のゆかりの者としました。筧十蔵も「筧」という苗字が伊勢に多いことから伊勢の神官という設定にし、そこからキャラクターが膨らんでいます。(コスチューム的にも武士ばかりが多くなってもつまらないし)
 佐助と才蔵は忍者ですが、まったく別の種類の忍者と定義しています。(その辺は「SF? 佐助の忍術」を参照してください)
 最後の由利鎌之助ですが、これは敢えて「変化球」で外人に設定しています。「由利」とロシア人の名前の「ユーリ」の音が似ているところからの着想ですが、「外人」を入れることで「サムライ」を描くという意味では「ラストサムライ」の狙いと一緒かもしれません(設定はこちらの方が早いので真似ではありませんが)。ビジュアル的に「金髪」とか「西洋剣法」とか入れたかったというアニメ的事情もあります。漂着した西洋人が天狗と思われたのではないかという説にも拠りました。

 ところで、多くの「真田十勇士もの」で、メンバーの誰かを女性に設定しているものがあります。「清海」を「きよみ」と読むとか、「伊三」が「おいさ」、「由利」が「ゆり」と、それぞれ女性の名であったと「解釈」したものや、海野六郎が男装の麗人だったとか、才蔵が女だったとかいう「根拠」のよくわからないものもありました。
 もちろんそうした「設定」も「作者の勝手」なのですが、本作ではそれは避けました。十人も主要キャラクターがいると、一人ぐらい女性だったほうが話は作り易くなるのは当然ですが、「真田十勇士」は昔からあるキャラクターですから、それぞれが抱いているイメージがあります。
 例えば巨漢で怪力というイメージが定着している晴海(或いは清海)入道が、実は女性だったと言われても何やら女装したプロレスラーみたいなキャラクターが頭に浮かんでしまわないかと懸念されるわけです。或いは昔からの知り合いがいきなり性転換して目の前に現れたような居心地の悪さと言うべきでしょうか、とにかく私にはそんな感じがしてそういう「設定」は好きにはなれないのです。
 それを言うなら鎌之助のロシア人だってかなり強引な設定だと言われるかも知れませんが、「性転換」よりはマシかと考える次第です。まぁ、受け取り方は様々でしょうから、どっちが許せるかは個々人の好みや判断基準次第でしょうが。

 ただ、『銀河英雄伝説』をやっていた関係で、登場人物が男ばかりというのは別に苦にはならないし、本作の主題から考えると十勇士は「男の世界」で行きたいと思っているのも事実です。(「キャラクターが男ばっかりで」と特異な作品のように言われますが、例えば『テニスの王子様』だって『ジパング』だって、女性登場人物の比重は極めて少ない作品は他にもあります)女性キャラが必要だったら必要に応じて出せば良いだけの事です。何も馴染みのある男性キャラクターをわざわざ「性転換」させることもないだろう、ということです。

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