■ 1_February -the 1st mission ■ (1)


 頭が…痛ぇ。
 気が付いたとき、俺は両手首を手錠で後ろ手に拘束され、足首もベルトで縛られて、床に転がされていた。
「おめざめ?ハム太郎ちゃん。」
 女が俺の顔をのぞき込んでる。その眼鏡の奥の目が俺を刺す。
「…誰だ…?テメー…」
 声が出ない。
「誰って。あたしはこの会社の常務取締役ですけど?」
 女は靴(ヒール)の先で俺のわき腹を踏みつけた。
「ねずみを捕まえたって言うから見に来たら、ハムスターじゃないの。」
 くすくす笑ってやがる。
「アンタが何の目的でこの会社のことをかぎまわっていたのかは大体予想はつくわ。ただ…」
 また踏みつけてくる。
「アンタの裏には誰がいるの?どっかのおヤクザさんかしら?」
「誰も…いねぇよ。」
「それにしちゃ大胆じゃない?」
「そんなヘマしねぇし…」
「でも現にあたしに捕まったじゃない。」
 …ああ、そうか。この会社のこといろいろ調べてて…その帰りに誰かに殴り付けられたんだった。そのまま、ここに連れて来られたのか。
 やっと俺は周りを見回してみた。
 会議室…?床は絨毯敷きだけど、それ以外はガラーンとして、窓もない部屋だ。この空気の感じは…地下?
 部屋の中には俺と、さっきの女、それにその配下とおぼしきプロレスラーみたいな体格の男がふたり。
「まあ、いいわ。ちょっとアンタのこと調べさせてもらう。」
 女は今度は踵で俺の腕をつついた。
「しばらくここで転がっててよ。ひとり置いてくから。」
 配下の男のひとりを顎で指すと、そいつは薄く頷いて俺の傍に立った。
「じゃあね、ハム太郎ちゃん。」
 きびすを返して、
「あ、そうそう、あたしのことは姫とでも呼んでね。」
と言うと部屋を出て行った。

 俺は、会社や地位のある人間の周りを調べあげて、それをネタに金を稼ぐのを生業としていた。
 この会社―おもちゃ業界で最近急成長中の『株式会社ウルダス』も、何か飯の種にしようと調査を始めたところだった。
 まだ始めたばかりだから、深いところにまでは入り込めず…誰か「偉くてボンヤリした奴」をたらし込んで…と思っていたのに。
 逆に捕まるなんて、もうお終いだ。
 でも…イチかバチか、やってみるか。

「なぁ…手と足、外してくれよ。」
 見張りに残された男に、俺は声を掛けた。
「駄目だ。」
 男は俺を見下ろして言った。…ん?この感じ、イケそう♪これは俺のカン。
「便所行きてぇんだけど。」
「駄目だ。」
「じゃあ、ここでもらしてもいいのかよ。いくら男同士だって…俺だって恥ずかしいよ…」
 上目遣い。唇もそっと濡らしておく。ちょっと赤面もしてみせる。
「えっ…いや…」
 一瞬怯んだな、こいつ。
「それとも、おまえが、俺の…始末してくれるのかよ…なぁ。」
 甘えた声。もっと頬も紅潮させて。じっと奴を見つめる。
 男が震える手で俺を抱き起こした。ここぞとばかり、俺は男の胸に頭を預けた。そして、奴の胸の中で上目遣いあーんど目を潤ませる。
 俺は、俺の武器は分かってる。この、ガキみてえなツラと、男にしては小柄な身体。これで、へにゃへにゃした男をたらし込める。それが俺の手管だ。
 案の定、こいつも俺の言動にきゅんとしてやがる。バカだ。
 奴がスーツの胸ポケットから手錠の鍵を出そうとした、瞬間。
「ハイッ。そこまでー!!」
 部屋のドアが勢いよく開くと、さっきの女―姫が仁王立ちに立っていた。
「アンタ、何やってんの。」
 姫はつかつかとやってくると、見張りの男の頬をたしーん!と張った。手の甲でだったので、指輪の石で男の頬が血を噴いた。
 男はうずくまったまま立てずにいる。姫はヒールの先で男の腹を蹴り上げた。
 そして、背後にいたもうひとりの配下の男に言った。
「水無月を呼んで。」
 それから、まっすぐ俺の前まで来ると、爪先で俺のふくらはぎを蹴った。
「痛えな!何すんだよっ。」
「アンタのやり口は分かった。アンタね、今からあたしの部下だからね。」
「…はあぁ〜〜〜?!」
 一体、この女は何を言い出したんだ?
「名前は如月。2月の如月よ。」
 俺はポカーンと間抜け面のまま、姫を見ていた。
「だ・か・らっ、アンタは今から如月。あたしのために働きなさい。」
 またヒールの爪先で、今度は脛を蹴ってきた。
「テメー!!」
「アンタに拒否権はないの。」
 くすくす笑ってやがる。ドSかよっ。
 その時。
「姫。」
「ああ、水無月。今日からアンタの同僚になる如月よ。」
 部屋に入ってきたのは、背の高い、モデルみたいなやさ男。妙に無表情だ。
「こっちは水無月。6月の水無月よ。まあ、一緒に組んで仕事をすることはないと思うけど。」
 姫はそう言うと、水無月と呼ばれた男に手錠の鍵を渡して、
「如月の手錠、取ってやって。」
と、部屋を出て行こうとした。
「待てよっ。テメーなんなんだよっ。」
「あたし?あたしはこの会社の常務取締役ですけど?」
「そーゆうことを訊いてんじゃ…」
「水無月、ちょっと如月に説明してやって。あたし別件があるから。」
 俺のことは無視かよっ。
「じゃあね〜、ハム太郎ちゃん。」
 配下の俺ふたりを引き連れて、姫は部屋を出て行った。後には水無月と呼ばれた男と俺だけになった。
「おい、腕出せよ。」
 水無月は無表情なまま、俺を見下ろした。くそっ、俺の方が背が低いから、奴を見上げる格好になっちまう。
「姫のこと、甘く見てると後がヤバいぞ。」
 手錠を外しながら、水無月が言った。
「ああ、そうみたいだな。」
 手首に手錠の痕がついちまったじゃねぇか。俺は思わず手でさすりながら、仕方なく言った。
 水無月は俺の足のベルトも外しながら声を掛けてきた。
「おまえ、なんでこんなことになってんだ?」
「…俺さ、いろいろ会社のこととか調べて飯の種にしてたっていうか…」
 多分、こいつも姫の配下なら分かってんだろうけど。
「で、この会社のこと、ちょっと調べてて…」
「ああ、おまえだったのか、ねずみは。」
 水無月が意外そうな顔で俺を見た。
「なんかかぎまわってるねずみがいるのは分かってた。姫にも報告してたしな。」
「…え?」
「俺の仕事は…ねずみ退治と、あとは獲物を狩ることなんだよ。」
 …なんだ?どういうこと?
「つまりさ、この会社の不利益になることは排除して、利益になりそうなことを狩ってくるってこと。ちょっと荒っぽいやり方でも。」
「それって…?」
「キレイに言えば産業スパイ的な?要するに工作員かな。」
 …えーっと、つまり、つまり、
「俺も、その仕事をするってことだよな?今から…」
「そうなんだろ。」
「…この会社って…結構…」
 俺がよっぽど間抜けな顔をしてたのか、水無月はぷっと吹き出した。あ、男前。
 でもまたすぐ無表情に戻ると、すっと目を逸らした。
「如月かぁ…言いづらいからキサラって呼ぶよ。俺のことはミナでいいから。」
「なに勝手に決めてんだよ。」
「まあ、めったに会うことはないと思うけどな。」
 水無月…ミナはそう言って、そのまま部屋を出て行った。
 あれ?俺…ひとりで残されちゃってるけど、とりあえずどうすりゃいいんだ?


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