■ 1_February -the 1st mission ■ (2)


 結局あのあと姫の配下(さっき俺がたらし込もうとした奴とは別の奴)が来て、当面はホテルで寝泊まりするように、と、ホテルの部屋番号を知らせた。
「ヤサには戻れねえの?」
「姫が全部手配するから従え。」
 へえ。姫の言うことは絶対かよ。
「あと、この携帯と…」
 奴はそう言って、スーツのポケットから携帯とクレジットカードを出した。
「金を使うときはこのクレカを使え。会社の経費で落ちるようになっている。」
 カードの名義は『城山亮』。俺が普段使ってる偽名だ。…なんでそんなことまで知ってるんだ?薄ら寒い。
「仕事のときはまた連絡する。携帯はGPSがついてるからそのつもりで。」
 そう言うと、奴は部屋のドアを開けた。
「ここは地下3階だ。1階に出るには階段を使え。それと…」
 ちょっと声を落として、奴は念を押すように言った。
「地上で勤務してる社員は地下のことは知らないから接触しないように。」
「分かってるよ。」
 俺は奴の胸にトンっと触れて苦笑した。
「暗闇の中にいるのは慣れてるから。」

 深夜2時。
 言われて入ったホテルは、駅裏のビシネスホテルだった。
 とりあえず部屋に入ってベッドに腰を下ろすとネクタイもゆるめた。何のそっけもない部屋だけど、ここで何かするわけでもないしな。
 俺は煙草に火を点けた。いつも強めのメンソールを喫ってるのには理由がある。それも、俺の手管の一環、というわけ。
 そのまま、ごろんとベッドに横になった。枕元に『寝たばこはご遠慮ください』と貼紙がしてあるけど、ここは遠慮しないで喫ってしまう。灰皿も枕元にあるし。
 はーあ。この先どうなるのかなぁ、俺。仕事って、どんなふうにやるんだ?
 あの女…どういう奴なんだろ?逆らったら殺されんのか。ま、別にいいけど。どうせ俺には誰もいないしな。
 煙草を灰皿にぎゅうっと押しつけて、そのまま俺は眠ってしまった。


 ジリジリとでかい音がする。
 なんだ?目覚まし時計かよ?枕元を探ると、それは携帯の着信音だった。
「…はい?」
 今、何時なんだ?この部屋には時計ってもんがないのかよ。カーテンを開けると、外は暗かった。
「あたし。天照(てんしょう)ですけど。」
「…姫?」
「そうよ。ちゃんと覚えてね。地上では『天照常務』だからね。」
「どーでもいーや。地上で会うことなんかねぇんだろ。」
 姫はくすくす笑った。
「そんなこともないわよ。で、仕事だけど。」
「え?昨日の今日でもう仕事があるのかよ。人遣い荒いんじゃねぇの?」
「し・ご・と・だ・け・ど?」
 でけー声出すなよ。うるせえ女。
「メールで男の写真と、そいつが今いる場所を送るから。接触しなさい。」
 接触ったってな…
「どーいう目的で、どうなりゃいいのか分かんなきゃ動けねぇだろ。」
「目的は後で知らせる。とにかく親密になりなさい。アンタの手管使ってでも。」
 一瞬、言葉に詰まる。
「今から送るメールは、よく見て覚えたらすぐ削除しなさいよ。」
「分かったよ。やってみる。」
「頼んだわよ、如月。」
 あ、そうか。この仕事のときの俺の名前は『如月』か。それも覚えとかなきゃな。
 電話を切るとすぐ写真付きのメールが送られてきた。
 中年の男で、見るからに高価なスーツ。地位のある奴か?でっぷりして尊大な感じの…これなぁ、親密になるったって。
 メール文を見ると、駅前の高層ホテルの最上階のバーの名前。スーツじゃなきゃ店に入れてもらえねえんじゃね?俺のこのよれよれのスーツで大丈夫なのか?
 それに、こいつひとりで店にいるのか?女とか部下とか一緒なんじゃねえの?普通。
 まあでも、とにかく行って、どんなツラしてんのか直に見てみないことにはな。
 俺は洗面所のありあわせのアメニティで髪を整え、顔を洗ってひげもそり、歯も磨いた。それからネクタイを締め直して。鏡の中の自分の顔を見る。
 …ホント、ガキみてえなツラだよな。こんなのにひっかかる男がいるんだから、まったく、世の中おかしいぜ。
 もう1回メールを見直して、ちゃんと削除して、俺は部屋を出た。

 店の中で奴はすぐに見付かった。でかい声で笑ってたから。
 なんだよ、女連れじゃねぇかよっ。これどーすんだよ…。とりあえず俺はカウンターの端っこに座って、バーテンダーに
「ウィスキー、ダブルで。」
とだけ言って、奴を目の端で観察した。
「いやぁ、ヒロコちゃんが喜んでくれるなら安いもんだよー。」
って、呑み屋の女に貢いでんのかよ。バカなの?
 俺は出てきたウィスキーをちびちび舐めながら、どうやって奴に接触すればいいか考えていた。
 ま、なんとかキッカケ作らなきゃな。
 ウィスキーのグラスを手に、あたかも知り合いを見付けて合流するかのような体で、俺は奴の座っているボックス席に近付いた。そして、奴のテーブルのすぐ脇で、靴をすっ飛ばしながらわざと思いっきり転んで、持ってたウィスキーをグラスごと、連れの女にぶちまけた。
「キャア!!」
 女が思わず席を立つ。
「あっ…申し訳ありません…」
「おい、君、何をしてるんだ!」
 男の方も立ち上がると、俺の方に近寄ってきた。俺は、転んだままの体勢で、
「申し訳ありません。向こうに知り合いがいたと思ったら人違いで。焦って靴が脱げてしまって…」
 ちょっと目を潤ませて、上目遣いに男をじっと見ながら、声を震わせて言った。
「奥様のドレスのクリーニング代は私がお支払いしますから…」
「奥様じゃないけど。」
 女がまんざらでもない様子で俺を見下ろした。
 俺は男に向かって、
「私は松橋と申します。あいにく今、名刺を持っていないんですが、よろしかったらそちらのお名刺を頂ければ、明日にでも必ずご連絡いたします。」
と、口から出任せの名前を名乗って、よろよろしながら立ち上がった。
「おい、君、大丈夫か?」
 男が俺に手を貸そうとする。その腕をきゅっと掴んで、
「はい。重ね重ねすみません。」
と、しゅーんとした顔をしてみせる。
 男は一瞬ドキッとしたようで、あたふたと胸ポケットから名刺を取り出した。
「崎元様…ですね?」
 俺はまた上目遣いに男を見た。
「ねぇ、これ、早く着替えたい。」
 女が崎元をせかして出口に向かっていく。俺はその後ろ姿を見送っていた。
 …とりあえず、仕込みはしておいた。次は…どうする?


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