■ 1_February -the 1st mission ■ (3)
翌朝9時に、俺は姫に電話した。昨日の着歴から電話をかけると1コールめで出た。
「俺だけど。」
「如月ね。どうだった?」
「一応、接触はしたよ。で、用意してもらいたいもんがあるんだけど。」
姫は、面白い話でも聞くような声で言った。
「何?」
「名刺。名前は『松橋』で。下の名前は何でもいいや。あと金な。」
「お金ならクレカで引き出してよ。暗証は0120だからね。」
「分かった。」
「名刺は午前中じゅうに届けるわ。」
「おう。」
「あ、それとね。」
姫はまるで、今思い出しましたとでも言うように、
「アンタが今まで住んでた部屋は引き払っといたからね。」
と、こともなげに言った。
「…はあぁ〜〜〜?!」
俺は思わず座っていた椅子から立ち上がった。
「衣類と貴重品は今あたしのとこにある。その他は処分したからそのつもりで。」
「そのつもりでじゃねえよ!どういう…」
「如月。」
姫の声が冷徹になった。
「今後、どこかに定住できるとか思わないことね。転々とホテル暮らししてもらうようになるわ。」
俺は息を呑んだ。
「アンタにやってもらうのは、そういう仕事よ?」
「…分かったよ。」
なんか…面倒なことに巻き込まれちまったのかな。こういうの、何て言うんだっけ…
そう、『流転』?
「アンタの荷物は、さっき言ってた名刺と一緒に届けるわ。」
「うん…」
俺は電話を切ると、ベッドに仰向けに倒れ込んだ。
はあ…ホント、この先どうなるんだろ…。
11時過ぎ、部屋の電話が鳴った。フロントからだ。
「お客様がお見えです。」
「ああ…すぐ行きます。」
フロントまで下りて行くと、背の高い男がスーツケースを押しながら近付いてきた。
「キサラ、おはよう。」
あ、こいつ…こないだも会った…
「…水無月?」
「ミナでいいって。これ、姫から預かってきた。」
「ああ、サンキュ。」
このスーツケースに見覚えはないけど…姫が用意してくれたんかな。
「あと名刺な。」
ミナはスーツのポケットから革の名刺入れを取り出すと、俺に手渡した。開いてみると、真新しい名刺が30枚くらい、名前は『松橋義明』、株式会社公星、営業部…って、
「なんだ、この会社名?」
「ああ、ハムスターを漢字にしてみた。」
…バカなの?っていうか、
「これ、テメーが作ったのかよ。」
「ああ、俺はこういう方の仕事だから。名前も、なんかお固そうなのにしてみた。」
へぇ…そんなことまで考えて作ってんのか。なんかこいつ、不思議な奴だな。
改めて、ミナを見てみる。背が高い。180cmくらいあるな。髪は黒髪でサラサラ。顔は…整ってる。美形だな。スタイルもよくて、マジでモデルみてえだ。スーツに、ネクタイきっちり結んで、コートに革靴。手も革手袋。
「…?なんだよ、ジロジロ見て。」
あからさまに不審そうな声だな。
「あ、ゴメン、こないだはあんまり顔もよく見てなかったからさ。」
ミナはちょっとびっくりした顔になって、でもすぐぷいっと顔を背けた。
「…姫は、俺達があまり親しくなることは望んでないんだ。」
「仕事が仕事だから?」
「ああ。」
「姫にそう言われたのか?」
「……」
うつむいちゃってるよ。嘘吐けない奴なんだな、コイツ。
「別にテメーと親しくなろうなんて思ってねえから安心しろよ。」
素っ気ない感じで言うと、ミナはちらっと俺を見て、
「じゃ、それ渡したから。」
とだけ言うとエントランスに消えていった。俺は見るともなしに奴の後ろ姿を見送って、部屋に戻った。
部屋に戻ってスーツケースを開けてみると、確かに俺の衣類が入っていた。それと見覚えのない真新しいスーツが2着。1着は普通の、よくサラリーマンが着てるような上着とズボン。もう1着は濃いグレーの三つ揃えだった。
そういえば、さっきミナが着てたの、この三つ揃えのスーツじゃなかったか?これが『制服』なのかな。
スーツケースの中味を片っぱし見てみると、小型のマイクみたいのも入っていた。仕事用ってことなんだろうな、これ。
とりあえずは、3日も着たきりの服を全部着替えるか。
俺は風呂場に行ってシャワーを浴びてから、TシャツとGパンに着替えた。
さてと…昨日の、崎元とかいうジジイに電話してみるかな。なんとかもう一度会う口実を作らなくては。
昨日着てたスーツのポケットから奴の名刺を取り出す。肩書は経営コンサルタント?そんな仕事してる奴が、なんでウルダスと関係あるんだ?っていうか、なんでこいつと親密になんなきゃなんねえんだよ。仕事の内容は最初にハッキリ教えといてほしいよな。
それでも、名刺に書いてある事務所の番号に電話してみることにした。
…呼び出し音3回。
「崎元経営塾です。」
女の声で電話はつながった。
「私、松橋と申しますが、所長の崎元様はいらっしゃいますでしょうか。」
「お待ちください。」
保留のメロディは落ち着いたピアノの曲。でもそれがワンフレーズ終わらないうちに崎元が電話口に出た。
「崎元様でいらっしゃいますか。私、昨日ホテルのバーで奥様に粗相をしてしまった、松橋と申します。」
「ああ、君か。」
なんっか偉そうな口のききかたなんだよな、こいつ。
「奥様はその後大丈夫でしたでしょうか。」
崎元は、はははっと笑うと、
「あの女性は妻ではないんですがね。まあ大丈夫ですよ。」
と、大きな声で言った。
「でも、ドレスのクリーニング代をお支払いしたいのですが。」
「いや、気にすることはないよ。大した金額でもないしね。」
「あの、でも…一度ちゃんとお会いしたいと思いまして。」
俺は気弱そうな声で言った。気弱そうなのは声だけで、実際はベッドにひっくり返って脚をぶらんぶらんさせてるんだけど。向こうからは見えねえし。
「お名刺を拝見しましたら、経営コンサルタントをしていらっしゃるということで…あの、ご相談に乗っていただきたいこともあるんです。」
どーだ、客になってやるっつってんだよ。俺に会えよっ。
「そういうことなら…明日の午後、こちらに来れるかね?」
「ハイ。ありがとうございます!」
俺は感激したような声を出した。
約束の時間は、明日の午後3時。外でじゃなくて、奴の事務所で会うなんて願ったりだ。いろいろ探ってやる。
1_February -the 1st mission (4)へ
the exclusive forceに戻る
もくじに戻る