■ 1_February -the 1st mission ■ (5)


 奴が風呂場に消えたのを確かめて、俺は急いでスーツの上着のマイクを確認すると、身支度をして部屋を出ようとした。その時。
「おい、おまえ、何してんだ?」
 部屋の外、ドアの影に隠れて、奴の部下とおぼしき男が立っていた。さっきまで誰もいなかったのに。
 バレた!
 俺は速攻でそいつのみぞおちに蹴りを入れると、全速力で走った。
「野郎!!」
 ちくしょう、でけぇ声出しやがってっ。
 慌ててホテルの外に出ると、一目散に裏道を走る。
 と、1台の車が、俺を追い抜いた先で停まった。
「キサラ、乗れっ!」
 ミナだ。
「おうっ。」
 助手席に飛び乗ると、ドアを閉める間もなく車は急発進した。

「テメー、なんであんなとこにタイミングよくいやがったんだよ?」
 全力疾走なんて久し振りで、はずんだ息がなかなかおさまらない。やっと少し落ち着いて、俺はミナに訊いた。
「はっ。礼もなしでそれかよ。」
 ミナはつまらなそうな声で言った。
「おまえのマイクで拾った声を録ってたからに決まってるだろ。」
 後部座席にはノートパソコンが置いてある。ああ…そういうことか。
 俺はシートに身体を沈ませた。
「それにしても…よくやるよな。」
 よく分からない裏道を走り続けながら、ミナが口を開いた。
「ジジイと寝るなんて。」
 なんだコイツ。今さら何言ってんだ。俺はちょっとムカついて言った。
「俺は仕事だから、あの小汚ねえジジイにもケツを差し出してんだよ。仕事じゃねえなら、んなことするわけねえだろ。」
「そうなのか?てっきり、おまえは根っから男がすきなのかと思ってたよ。」
 ミナは感心したように言った。
「バカじゃねえの?テメーだってそうだろ。」
「俺はそういうのはしないから。」
 涼しい顔で言う。そういえば姫も言ってたな…実戦向きじゃないって。
 まあな、あれだけパソコンとか使えるんなら、実戦なんかしなくてもいいんだよな、きっと。
 俺は思わず溜息を吐いた。そんな俺をミナはちらっと見ると、
「…で、どこで下ろせばいい?」
と訊いた。
「ああ、適当に…どっか駅かバス停の近くでいいや。」
 ミナはちょっと考えた表情(かお)になって車を走らせた。
「なあ、このこと、姫には言うなよ。」
 ふと、そう言うと、ミナはにこりともしないで
「口止め料は?」
とイラついた声で言った。
「俺だって遊びでやってんじゃねえんだよ。おまえ、あそこに俺がいなかったらどうするつもりだったんだ?おまえのために危ない橋渡るのなんかゴメンだからな。」
「分かったよ。悪かったよ。いくら欲しーんだよ。」
 仕方ない。つまらねえ弱味を握られちまった。
「金なんか要らないけど…」
 ミナは路肩に車を停めると、俺をじっと見つめた。
「なんだよ。」
「まあ、今日のところはいいや。早く行け。」
 繁華街のタクシー乗り場。コイツ、ちゃんと考えて停めてくれたんだな。
「ああ。ありがとな。」
 何事もなかったかのように、俺は普通に車を降り、タクシー乗り場に向かった。


 男と寝た翌日は身体がギシギシする。
 俺はホテルの自分の部屋のベッドの上で、一日中ゴロゴロして過ごしていた。
 崎元から連絡が来るかと思ったけど、電話はまったく鳴らない。俺が蹴り入れたあの配下の男、崎元に何て言ったんだろうな…。
 まあでもとりあえず、奴のセクハラ発言は録音されてるわけだし…このまま奴からさっさと離れて接触しないように…
 その時、携帯が鳴った。相手の番号を見ると…崎元からだ。
「松橋くん、昨日のはどういうことなのかね。」
 わざとらしくゆったりした声。多分、相当怒ってる。俺はしおらしげに言った。
「急に…怖くなってしまったんです。あのまま一緒にいることが。」
「私は君が忘れられなくなってしまったよ。」
 オイオイ、やめてくれよ…。俺は背筋が冷たくなる気がした。
「もう一度会ってくれないか。」
「でも…」
「昨日のホテルのロビーで待っているよ。」
 崎元は一方的に言うと電話を切った。
 どうしようかな…。一応、昨日のでもういいと思うんだけど、ダメ押しでもう1回行っとくかな…。
 俺は急いで身支度をすると、夜の街に出て行った。

「松橋くん、ここだよ。」
 ホテルのロビーに着くと、崎元はソファに座ってコーヒーを飲んでいた。その隣には、昨夜俺が蹴り飛ばした男が立っていて、俺をじっと見ている。
「昨日は…すみませんでした。」
 頭を下げると、崎元はニヤニヤと笑いながら俺の腕を掴んだ。
「また昨夜みたいなことになると困るからね、場所を変えようか。」
 …なんだこれ、ヤバい…
 俺はとっさに掴まれた腕を振り払った。崎元は目をギラッと光らせると、配下の男に顎で指図した。男は俺の肩を掴むと、そのままロビーをつっきってホテルの外に出た。そこには車が停まっていて、後部座席のドアが開いたままになっている。
 俺、拉致られんのか?マジでヤバいんだけど!
 俺は、俺を捕まえてる奴のみぞおちに肘を喰らわせた。奴が少し屈んだ後頭部に、両手を組んで握って思いきり降り下ろす。と同時に膝を立てると、奴の顎が俺の膝にめり込んだ。
「この野郎…」
 奴は崩れ落ちながらも俺の脚を掴もうとしている。その手を蹴り上げて、俺は車道に駆け出した。
「待てっ!」
 後ろで崎元の声がする。俺は、まばらに車が走る車道を駆け渡り、向かい側の歩道に出た。振り返ると、崎元と配下の男は車に乗り込んでいる。
 どうしようか…このまま走っても追い付かれる?どこかの建物に入った方がいいのか?
 心臓がバクバクいってる。ちくしょう、なんで俺、こんなことしてんだ…
 そのとき。
「おい!」
 後ろから二の腕を掴まれて引っ張られる。反射的に腕を振り払って、見ると、そこにいたのはミナだった。
「何やってんだ、おまえ。早く来い!」
 ミナに言われるまま、路肩に停めてあった車に乗る。
「追い付かれたな。」
 ミラーを見ながらミナがつぶやいた。斜め後ろに崎元の車が近付いてきてる。
「おまえ、車酔いする?」
 前を見たままギアを入れて、ミナが言った。
「したことねえ。」
「じゃ、ちょっとくらい乱暴に走っても平気だな?」
 言いながら、ミナはめちゃくちゃなスピードで車を発進させた。ぐるぐる車線変更を繰り返して、まるでジェットコースターだ。頭ががくんがくん揺れる。
 流れて行く街の灯を見ながら、俺は、どうしてミナはあそこにいたのか、とか、どうして俺を助けてくれるのか、とか、取りとめないことを考えていた。


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