■ 2_June -the 2nd mission ■ (2)
翌日の昼前に、ミナからまたまた電話がきた。
「名刺、できたけど。」
「ああ、ありがとな。」
「届ける?」
「いや、」
俺は部屋の時計を見ながら言った。
「今から出るから、どっかで落ち合おうぜ。」
ここから野坂の会社に行く途中に小さな公園がある。その場所を伝えた。
「そこって…人通りは少ないけど、タクシーの休憩所っていうか溜まり場になってんだけど…」
おっ、さすが元タクドラ。よく知ってんな。
「それは別にいいんじゃね?ヤバいブツの受け渡しするとかじゃねえんだし。」
「ヤバいブツって…おまえヤクザかよ。」
ミナはくすくす笑った。俺は一瞬ハッとしたけど、それは受け流して、
「ともかく、今から行くからテメーも来い。」
「分かった。」
くすくす笑いのまま、ミナは電話を切った。
俺は小さな溜息を吐いて…すぐ身支度をして部屋を出た。
公園に着くと、もうミナは来ていた。いつものスーツ。ネクタイをきっちり結んで、靴もキレイに手入れされてる。遠目に見ても男前で目立ってる。
「キサラ。」
俺に気付くと、ミナは右手を小さく挙げた。
「おう。」
俺はミナに近付くと、
「テメー、目立つんだから座れよ。」
と、ベンチに座らせた。その目の前に立つと、ミナはスーツの内ポケットから名刺を取り出した。
『公星フィナンシャル営業部・沢田享』
「また…もうハムスターから離れろよ。」
思わず苦笑して、俺は名刺を受け取った。
「さわだとおる、ってさわやかげだろ。おまえの雰囲気にも合ってるし。」
「そうかな。」
俺の雰囲気って何だ?コイツには、俺はどう見えてるんだ…。
「で、どうするんだよ。」
俺が名刺入れに名刺をしまうのを見ながらミナは訊いた。
「んー、奴の愛人になってやろうかと思って。」
「…え?」
ミナの顔が固まった。
「セックスするだけの遊び相手じゃなくて、惚れさせてやろうと思ってんだけど。」
俺の言葉に、ミナは顔を真っ赤にした。困ったような、怒ってるような、ヘンな表情(かお)して。
「そんなこと…できんのかよ。」
伏し目がちになって、ミナはぼそぼそ言った。
「まあな。何のための手管だと思ってんだよ。」
「おまえ…すげえな…」
「仕事だから。」
俺はあっさり言いきると、
「奴との仲が進展したら連絡するよ。それまではこっちに集中するからさ。」
うつむいたミナの頭をぽんぽんっとたたいた。
「じゃあ、行ってくる。」
その場をさっさと立ち去る俺の後ろ姿を…ミナがじっと見てるのを感じたけど、俺は振り返ったりはせず、野坂の会社に向かった。
公園からホシマルの入っているビルまでは歩いて15分くらいかかる。駅近くから郊外へ向かう道の途中。周りには会社のビルより、ファミレスや学習塾やドラッグストアなんかが並んでる。
俺はそういう店の客みたいな、なんでもないふうにホシマルのビルに近付いた。
いきなり入って行っても相手に会える訳でもないし、とりあえずはビルの周囲を見て回って、と思っていたら、突然正面のドアが開いて、男がふたり出てきた。とっさに植え込みの陰に隠れる。
「向こうまでどのくらいかかる?」
「今の時間なら渋滞もないから、15分くらいですかね。」
「社長直々にって言うんだから…」
若い男とその上司。アイツ、写真で見た。野坂だ。見た感じより若い、せかせかした声。
「あの金額じゃ足りないんですかね。」
「相場の5割増しだけどな。」
「欲が深いと、後で泣きを見ますよねぇ?」
若い男が意味ありげに言う。
「それより、代わりの奴は見付けたのか?」
「あまり身近な人間は使えませんよね。専務はどうされるんですか?」
「俺は…」
会話が聞こえたのはここまで。あとは声が遠くなってしまって、そのあとふたりは車に乗り込んでしまったので、続きは分からない。
車は俺がいたのとは逆側の出入口から郊外の方に向かって走って行った。それを見送ってから、俺は植え込みの陰から出て、ビルを見上げた。
なんか…キナ臭ぇ。さっきの話、何だったんだ?
次の日曜日の朝。俺は郊外のゲームセンターにいた。
野坂がガキとゲームをしにくる店だ。俺は店のあちこちでうろうろと少しずついろんなゲームをしながら奴を待った。
昼前になって、やっと奴がガキとやって来た。まっすぐアーケードのシューティングゲームに向かう。
「今日は絶対負けないからねっ!」
ガキの声がする。
「先にボクがやるから、お父さんは見ててね。」
俺は奴らが座ってるはす向かいに背中合わせに設置されたゲームの前に座って、ゲーム機の筐体越しに奴らを見た。ガキは失敗するたび、あッとかわッとか声を上げながら、ゲームの画面に夢中だ。野坂はそんなガキの姿を微笑ましそうに見ている。
思わず、ケッと俺は腹の中で悪態を吐いた。なんだコイツ。子どもと仲良しのいい父親やってます、みたいなツラしやがって。そーいうの、虫酸が走るんだよ。
「あぁ〜やられちゃった。」
ガキが残念そうな声を上げる。
「よし、次はお父さんがやってみるよ。」
「お父さん、頑張って!」
見てらんねえ。ガキには何の罪もないけど、けど、テメーはめちゃめちゃ恵まれてんだぞ、とか、その親父は裏じゃ何してんのか分かんねえんだぞ、とか説教したくなってくる。俺が望んでも決して手に入らなかったものを当然のように持っているガキに、俺はイライラしている。
「わぁ、すごい、お父さん!」
おい、俺はな、テメーのオトーサンをこれからハメますよ。
翌日。俺はまたホシマルのビル近くに行ってみた。
昼休み。ビルからぞろぞろ人が出てきて、近くのファミレスやら牛丼屋やらに入っていく。
野坂も、部下とおぼしき男とふたりで出てきた。この若い男、こないだも野坂と車で出ていった奴だ。俺はふたりの後について、弁当屋に入った。
「幕の内ひとつと、デミハンバーグひとつ。」
野坂が店員に注文する。
「すみません、ごちそうになります。」
部下の男が頭を下げる。弁当ひとつで随分恩に着るんだな。
ふたりは店内の椅子に座って弁当が出来るのを待っている。
俺も唐揚げ弁当を注文して、さりげなくふたりの座っている脇に立った。
「で、決めたのか?」
野坂はボソボソと部下に訊く。
「ハイ。妹の大学の友達に。」
「おい、それ大丈夫なのか?」
「ハイ。デイトレードしてるらしいんですよ。」
…ん?何の話だ?…株?
そうだ、昨日ゲーセンでやってたゲーム、家庭用で出すんだっけ。元の発売元に金流して…もしかして合併とか、そうじゃなくても出資とか…そしたら元の会社の株価が上がるかも…今、その株を買っておけば…
そうか。インサイダー取引にならないように、代わりに株を取引してくれる奴を探してるんだ。
「専務はどうされるんですか?」
「まだ、決めてないんだよ。」
「向こうとの取引、来週末ですよ。それまでに何とか…」
そのとき、
「幕の内とデミハンバーグのお客様〜」
店員が呼び出した声を聞いて、野坂と部下は椅子を立った。
俺はその後ろ姿を見ながら、あと10日のうちに何とかしなけりゃな、と考えていた。