■ 2_June -the 2nd mission ■ (4)
翌日から毎日、野坂の仕事終わりに会うことになった。駅前で待ち合わせして、レストランだったりホテルのバーだったり。俺はそのたびミナに連絡を入れた。ポケットにはいつものマイク。ミナの姿は見えないけど、多分どこか近くで俺たちの話を聞いてるんだろう。
毎日会ってると、だんだん奴の俺を見る目付きが変わってくるのを感じる。もう1週間経った。あとひと押し…。そろそろキメなきゃ。
交差点で信号待ちをしているとき、俺は野坂の左側に何気なく並んで立った。そして、奴の左の肘に軽く手を触れ、腕をたどって奴の手のひらに滑り込ませた。奴が驚いたように俺を見る。俺は目をうるませて、ねだるように口元をゆるませた。野坂の喉が、ごくっと動いたのが見えた。
「沢田くん…」
野坂の声がかすれている。
「明日の待ち合わせ、そこのホテルのロビーでいいかな…?」
「…ハイ。」
やったぁ!!おい、ミナ、聞いたか?明日、俺、コイツと寝るからなっ。
…仕事だけど。それが俺の仕事…なんだけどさ。
なんて、なんで俺、ミナに言い訳しなきゃなんないんだよ。理不尽だ。
信号が変わって、俺は野坂の後について横断歩道を渡った。
また翌日の夜8時。俺のホテルのロビーで野坂を待っていた。
ソファに腰を下ろして茶を飲んで。少し離れたソファにはミナが座ってて、新聞を読んでるのが見える。今日はホテルの部屋だから、ミナも別の部屋に入って声を拾うんだそうだ。
10分ほどで、入口の回転ドアから野坂が入ってきた。
俺は何気ないふうにソファを立つと、フロントのカウンターに向かった。と同時に、スーツのポケットに入れたマイクのスイッチを入れる。
横目でちらっと見ると、ミナが新聞越しに俺の方を見ていた。
カウンターの前で野坂と並ぶ。奴が部屋の鍵を受け取ったのを見て、後ろ手にミナに部屋番号を知らせる。
「待たせたかな。」
野坂が俺に微笑いかける。
「いえ。」
短く言って、俺はちょっと赤面してうつむいた。
「行こうか。」
先に立ってエレベーターに向かう奴の後ろをついて行きながら肩越しに振り返ってみると、ミナは新聞をたたんできちんと片付けてから、フロントのカウンターに向かって行った。
アイツ、あーいうとこ几帳面なんだよなぁ。面白い奴。
思わず吹き出しそうになるのをこらえて、俺は野坂と一緒にエレベーターに乗り込んだ。
ドアが閉まる瞬間、ミナがちらっとこっちを見たのが見えた。
…なんだよ、そのツラ。不安げな表情(かお)しやがって。
胸の奥が少しだけちくっとした。
部屋のドアを閉めると、野坂は俺のスーツの上着を脱がせて、きゅっと抱きしめてきた。
「君の顔を見るとホッとするよ。他のこと何もかも忘れられる。」
はあ、そりゃどうも。俺は奴の背中に手を回しながら、腹の中では悪態を吐いていた。随分惚れられちまったなぁ。
野坂は何だかうっとりした顔で俺にキスすると、
「シャワーを浴びてくるよ。君も後から来てくれ。」
と、バスルームに向かって行った。
バスルームのドアが閉まる。シャワーの水音が聞こえてきた。
それを合図に、俺は急いで仕事のセッティングを始めた。
ベッドの枕元に、さっきスイッチを入れたマイク。あと、ここに来る前にミナに渡された、超薄型の集音機を野坂の携帯のバッテリーのふたの裏にも貼り付けとく、っと。
「沢田くん?」
奴がバスルームから俺を呼ぶ。
「おいで。」
「…ハイ。」
仕込みはこれでいいんだよな?あとは頼んだぜ、ミナ。
「は〜あ〜疲れたよ〜〜。」
野坂の相手をして、奴が寝落ちたのを確かめてから、枕元のマイクを回収して俺は部屋を出た。枕元にちょこっとメモを残して。
一旦エレベーターで1階まで下り、従業員用の階段でミナが待ってる部屋に戻った。野坂の部屋の真上だ。
「おう、ご苦労さん。」
ミナはノートパソコンの画面を見ながら言った。
「どう?ちゃんと録れた?」
「ああ…まあな。」
俺もミナの隣に座って画面をのぞいて見た。…何が表示されてんのか、サッパリ分かんねえ。
ミナの横顔を見ると、つまんなそーうな仏頂面だ。
「なんだよ、うまくいかなかったのかよ。」
「いや、マイクはよく入ったよ。よ〜〜〜く聞こえたし、ちゃんと録れた。」
「じゃあ、なんでそんなツラしてんだよ。」
ミナはちらっと俺を見て、ぷいっとそっぽを向いた。
「…すきな奴が他の男とやってるのを聞いてるなんて…」
うつむいたまま、でも声は怒ってる。
「拷問だよ。」
なんだコイツ、まだそんなこと言ってんのか。
「あのなあ、これは仕事なの。し・ご・と。分かってんだろ。それに…」
だんだん腹が立ってきた。一体、俺のことどんだけ分かってるつもりでいやがるんだ。
「俺はテメーにそんなふうに思われるようなキレイな人間じゃねえんだよ。どーせ俺は男と寝るしか能がない、うす汚ねえゲス野郎なんだよ。」
「…そんな言い方するな!」
急にミナは立ち上がると、俺をにらみつけた。
「おまえは口も立つし、頭の回転も早いから、相手からうまく話を引き出せるんだ。なのに、なんでこんな…」
「そんな立派なもんじゃねえよ。」
結局、ミナは堅気なんだ。モノの考え方が。俺みたいな、闇の世界に首までずっぷり埋まってる奴とは違う。
こんな、中味がキレイな奴にこんな仕事をさせるなんて、姫は本当の鬼畜だ。
「ま、ちゃんと録れてたんなら早いとこずらかろうぜ。あ、ちゃんと携帯にもアレ、貼り付けといたから。」
「待て。」
ミナは俺の腕を掴んで、ベッドに引きずり込んだ。
「…何のつもりだよ。」
俺の両手を押さえ込んで、ミナが見下ろしている。
「抱かせろ。」
「イヤだね。」
即答。でもミナは力をゆるめない。
「離せよ。」
「あんな…仕事で男と寝て上げる声なんて聞きたくなかったんだ。」
「俺の手管にケチつけんのかよ。」
「だからぁ!」
ミナの顔が歪んだ。
「手管じゃなくて、本当におまえを感じさせたいんだよ!」
…胸が、ドクンと激しく鳴った。
「たまには俺の言うこと聞いてよ。俺、もう限界なんだ。」
下半身を押し付けてくる。確かに…限界みたいだな。
「キサラ…」
ミナの顔が近付いてきた。額をこつん、とくっつける。
「おまえがすきなんだよ、頭がどうにかなりそうなんだ…」
小さい声。泣きそうに、うわずったミナの声。胸がズキズキする。
俺は、こんな感情なんか知らない。こんな、名前のない感情なんか。
「キモチ、閉じるなよ。俺をおまえのココロの中に入らせろ。」
唇が押し付けられる。舌が前歯をなぞる。
胸が苦しい。息が上がる。
今の俺はもう完全にミナに絡め取られていた。