■ 2_June -the 2nd mission ■ (6)
「お話が…あるんです。」
翌日も野坂との待ち合わせはホテルのロビーだった。ひと仕事終わって、ベッドの中でうつ伏せに、野坂に腕枕されたまま俺は切り出した。枕元には昨日と同じ、マイクのスイッチが入ったまま置いてある。
「何かな?」
野坂は俺の頬を撫でながら、にやけた声で言った。
「僕…野坂さんに一目惚れして、ついこんなふうになってしまったけど…後悔してないんですか…」
「私が?」
「だって奥様もお子さんもいらっしゃるのに…」
「私はね、君のことはただの愛人だとは思ってないんだよ。」
そうして、背中から俺を抱きしめると、
「君はビジネスパートナーだよ。」
と、耳元でささやく。
「ビジネスパートナーとこんな関係になるなんて、どうなんでしょう…」
俺は野坂の腕をすり抜けて、身体を起こした。野坂は慌てたように俺の腕を掴んだ。
「沢田くん、君…」
「すみません。」
そっと野坂の手を払うと、枕元に置いていた携帯を取るのと同時に、野坂からは見えないようにマイクも手のひらに隠して、奴に背を向けたまま俺は身仕度を始めた。
「どういうことなんだ。」
野坂は裸のままベッドから下りてきて、俺の肩を掴んだ。
「もう…こういう関係は…」
「今さら何を言ってるんだ。」
「すみません…」
俺は涙声になって、潤んだ目で野坂を見上げた。唇も震わせている。
「仕事はちゃんとやります。お金も預かってるし。でも…」
涙をぽろりとこぼして、
「もう、僕の方がつらいんです…」
と、唇を噛んだ。
野坂はあっけに取られた顔で俺を見ていたけど、
「君は、一体…」
と、首を降った。そして、手を離すと、
「仕事はちゃんとやってくれるんだな?」
念押しするように、俺の目をのぞき込んだ。やっぱりな。俺のことより、そっちが心配か。
「ハイ。それは、ちゃんと。」
「ならもういい。行きなさい。」
そしてベッドの縁に腰を掛けると、もう俺に視線を合わせることはなかった。
俺は急いで身仕度を完了すると、無言で部屋を後にした。
ホテルを出て、駅に向かって歩き出すと、しばらく行ったあと、後ろから誰かが尾けてくる気配を感じた。
立ち止まって振り返ると、うつむきがちにミナが近付いてきた。
「録れたか?」
俺は小声で短く訊いた。
「ああ。」
ミナもそう言っただけで、俺の横を通り過ぎた。その横顔は、怒ってるような、泣いてるような…少なくとも平常心とは言えない感じだった。
その瞬間、俺は自分の身体が甘く疼くのを感じた。昨日のミナの熱をハッキリ憶い出せる。
こんなの…絶対にヘンだ。このままじゃ感情と身体が乖離して、コントロールが効かなくなりそうな気がする。
遠ざかって行くミナの後ろ姿を見送って、俺は震えそうになっている両手を固く握りしめた。
また翌日。
俺は郵便局に行き、野坂から預かっていた金を現金書留で会社宛に送り返した。
差出人は『沢田亨』。でも住所はデタラメだ。
…これで一応、俺のやることは終わった。あとはミナが報告書を姫に出して、その後のことは姫が手配することだ。
自分のホテルの部屋に戻ると、俺は大きく深呼吸して、ベッドに倒れ込んだ。
仕事が終わった、という充足感はない。なんだか、俺たちのやってることはひどく無駄なことのようにも思える。それに…。
ミナに…あんな顔されて、俺はどうすればいい?
「…ミナ…」
思わず口にしたら、俺は自分の身体が昂っていることに気付いた。
ズボンのベルトを外す。解放したモノはひどく硬くなっていて、先走りで濡れていた。
「…あっ…」
あの日…ミナに抱かれたときのことを思い出して、もう、他のことは何も考えられなくなって、俺は夢中で自分でこすった。
耳元にミナの声が、息遣いが聞こえる気がする。俺をすきだって、俺を本当に感じさせたいって…今もすぐ近くにミナがいるように感じて、俺の手の動きは速くなった。
「…あっ…ああっ…」
俺は自分の手の中に射精した。息がはずんだまま、手のひらを見ると、とろとろと指の間を放ったものが垂れていった。
慌ててティッシュで拭って、俺はベッドの上で身体を縮めて丸くなった。
こんなの…絶好おかしい。ありえない。
混乱した頭の中を、このまま眠りに閉じ込めてしまおうと、俺はぎゅっと目をつむった。
何日かが経って。
姫からの呼び出しで、俺は会社に向かおうと自分の部屋を出た。
夜10時。いつもの時間。いつもの三つ揃えのスーツ。会社までは歩いて10分少々。
駅前のスクランブル交差点で信号待ちをしていたら、見覚えのある車が目の前を横切って、交差点の先で停まった。運転席の影が振り向く。ミナだ。
なんだよ、もしかして迎えに来たのかよ…そういうの、いいから。
俺は車に向かって、しっしっと手を振って追い払った。でも、ミナは車の中からじっと俺を見てる。…しょーがねえなぁ。
車の横まで行くと、ミナは内側から助手席のドアを開けた。
「どうせ同じとこ行くんだから乗ってけば。」
「いいよ。歩いて行ったってすぐなんだから。」
車の外で俺は言った。
…あ、ダメだ。ミナに真っ直ぐ見つめられると手が震えそうになる。なんだ、これ。
「分かったよ。」
俺は助手席に乗り込んだ。
「なんで俺がいると思ったんだよ。」
走り出した車の中、ミナの方を見ることができない。俺は窓の外を見ながら訊いた。
「キサラの今のヤサ、駅前って言ってただろ。いつも10時過ぎに姫のとこに行くから、そろそろ通るんじゃないかと思ってウロウロしてた。」
つぶやくように小さい声で、ミナは答えた。
「ストーカーかよ。」
「…そうだな。」
くすっと笑って、でもそれ以上は何も言えなくなっちまってる。車はまた信号で停まった。
「なあ。」
冷静になれ。冷静にならなきゃ。俺は自分に言い聞かせた。じゃないと、ドキドキして声がうわずってしまう。
「こないだの…アレ。あーいうの、もうナシな。」
なんでもないことのように言うんだ。そうしなきゃダメなんだ。
「あーいうことされると…俺、仕事やりづれえし、」
言い掛けてるのに、ミナは俺をじっと見てる。
「だからさ、そういうの、困るんだよ。」
なんで俺、こんな焦ってるんだ。なんで、ひとりでジタバタしてるんだ。
信号が青になる。ミナは黙ったまま車を走らせた。そのまま会社の駐車場に入る。
車のエンジンを止めて、ミナは後部座席から荷物を取り出した。
「分かったよ。」
小さな声。うつむいたまま、
「俺の、そういう気持ちは、おまえには迷惑なんだよな。」
俺の方を見ようともしない。
…迷惑?そういうことに…なるのか?
『迷惑』って、迷い惑うって書くよな。そういう意味でなら、確かに迷惑だよ。
分からないんだ。ミナにそんなふうに思われて、俺はどうすればいいのか。
初めてだから。誰かに、こんなに真っ直ぐ気持ちを向けられたことなんてなかったから。
自分の中のぼんやりした場所を急にぎゅうっと掴まれて、俺はミナに何をどう返せばいい?
何も言えなくて黙り込んだ俺に、ミナは、
「早く行かないと、姫にまたイヤミ言われるぞ。」
と言いながら、車を降りて行った。
エレベーターで14階まで。中には俺たちふたりしかいないのに、お互いそっぽを向いて、ひとことも話さない。14階に着くまでが異様に長く感じた。
姫のオフィスのドアの前、ミナはドアをノックして、
「水無月です。」
と言った。
「どうぞ。」
姫のすました声が応える。一呼吸置いて、ミナはドアを開けた。俺もミナに続いて部屋に入る。
「あら、如月も一緒なの?」
意外そうに姫が言う。
「テメーが呼びつけたんだろーが。」
ぶつぶつ言うと、
「相変わらず口が減らないわね。」
いつもの調子でくすくす笑ってる。ん?なんか機嫌よさそうだな?
「まあいいわ。ふたりいっぺんに話すから。」
俺とミナは姫のデスクの前に立った。ミナが緊張した顔で姫を見てる。
「野坂は降格させられるらしいわ。」
姫はホクホクと俺たちに言った。
「んじゃ、今回はこれでオッケー?」
「そうね。よくやってくれた。」
横目でミナを見ると、やっとほっとした顔になっていた。
「次の仕事は別々にしてもらうけど、また連絡するわ。」
姫は立ち上がると、俺たちの前まで歩いてきて、
「で、一応言っとくことがあるんだけど。」
と、意味深に微笑った。あ、なんかこれ…イヤな予感が。
「ウチの会社ねぇ、社内恋愛禁止なのよね。」
言いながら、ミナの肩をぽんっとたたいた。
ミナは一瞬ポカーンとした顔をしてたけど、ハッとした顔になったが早いか、ばあっと赤面した。
「俺は…別に…」
「ふ〜〜〜ん?」
…こえー女!どこまでもお見通しかよ…。
姫はそのまま、俺に向き直ると、
「如月も覚えといてね?」
にいっと笑った。俺は知らんぷりしながら、
「そんなの…個人の自由って奴なんじゃねえの。」
一応言っといてみる。ミナがこっちをじっと見た。
「ひとの気持ちまで会社で縛れねえだろ。」
姫はまた薄く微笑うと、
「そうね。」
とだけ言うと、
「さ、ふたりとももう戻っていいわよ。」
と、手をひらひらさせて、自分も奥の部屋に引っ込んで行った。
the 2nd mission was completed;
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