■ 3_November -the 3rd mission ■ (3)


 部屋のハンガーに託弥が掛けておいた、三つ揃えのスーツにネクタイ。この姿になったとき、俺と託弥は『如月』と『水無月』になる。
 急いで支払も済ませ、姫との約束の2分前、俺たちは部屋を出た。
 部屋の壁に貼ってあった、緊急避難経路図を見ておいたので、ホテルの通路は覚えてる。従業員用の階段を下りて、俺たちは出入口の脇にあった棚の陰に隠れた。すぐに、スモークガラスの大型セダン車が入ってきた。俺はミナの腕を掴んで外に飛び出した。
「乗ってっ!」
 後部座席のドアが開いて、姫の声がした。俺はミナを車に押し込むと、自分も急いで飛び乗った。
 ドアを閉めるか閉めないかのうちに、車は急発進して、夜の街に飛び出して行った。

 運転席の後ろに姫、真ん中にミナ、助手席側は俺。3人で並んで座ってるのが、なんかコントみたいでおかしい。ま、そんなこと言ってる場合じゃないんだけど。
「…どこへ行くんですか…」
 ミナが不安そうに口を開いた。顔色が悪い。俺は思わず、姫からは見えないように、奴の左手を握った。手が冷たくなってる。
「別に取って食おうってんじゃないわよ。」
 姫は窓の外を見ながら言った。
 車は街を抜けて、国道のバイパスを走っている。深夜営業の食堂やコンビニの看板が窓の外を流れていく。
「今後のことについて話すって言ってたよな?」
 俺も窓の外を見ながら姫に訊いた。
「そうね。」
 姫は、俺たちの方に向き直った。
「社長や役員たちと、アンタたちのことを話し合ったわ。」
 ミナが小さく身体を震わせた。俺は握った手に改めて力を込めた。
「アンタたちが今まで命がけで働いてくれたこととか、それがどれだけ会社の利益になったか、キッチリ数字を出して説明したの。」
 …姫が…そこまで?意外過ぎて、俺とミナは顔を見合わせた。
「で、結論を言うと、アンタたちは会社本体とは別に、あたしが個人的に雇ってることにする、ってことになったの。」
 姫は眼鏡を指できゅっと持ち上げると、
「今後は今までとはちょっと違う方法になるけど…」
 真剣な目で、
「引き続き、あたしのとこで働いてもらえる?」
と言った。いつもの、他人を小バカにしたような上から目線の姫じゃない。本気で、俺たちを頼ってるんだ、ってことが分かる。
「ミナ、どうする?」
 俺は、握ったミナの左手をちょっと引きながら言った。
「俺は…それでもいいと思うけど、キサラがダメなら…」
「俺もそれでいいよ。」
「じゃ、契約成立ね。」
 姫は本当にホッとした声を上げた。柔らかく微笑っている。初めて見る顔だった。
「雇用条件ですけど。」
 姫は脇に置いてあったハンドバッグから小さな鍵を出して、俺に差し出した。
「住むところは、あたしの名前でホテルの部屋を取ってあるから、当面そこにふたりで住んでね。」
 俺は鍵を受け取って、スーツの内ポケットに入れた。
「報酬は、水無月の本名でネット銀行に口座を作ったの。そこにふたり分まとめて支払います。」
 同じバッグから今度はカードを出して、水無月に渡した。
「ふたりとも、以前渡したクレカ持ってる?あれは回収させてもらうわ。」
 俺たちはふたり揃って、カードを姫に差し出した。
「…本物?」
 姫はカードを受け取ると、いたずらっ子の目でミナを見た。
「さすがに、クレカは偽造しない…」
 ミナはびっくりしたように姫を見ている。そんなミナの顔を見て、姫はまたいつもの調子でくすくす笑った。でもすぐ真顔に戻って、カードをバッグにしまうと、
「ま、こんなところね。アンタたちがいたホテルは引き払って、荷物は新しい部屋に運んであるわ。あと、車は引き上げたから。」
 ミナはこっくりとうなずいて聞いていた。
「あとね、もうひとつだけ。如月に言っておくことがある。」
 姫は身体をかがめて、ミナ越しに俺の顔を見た。
「水無月が狙われてることに変わりはないんだからね。くれぐれも…」
「分かってるよ。」
 姫の言葉を遮ると、姫は俺の顔をじいっと見て、つぶやくように言った。
「あのね、愛ってチカラなの。戦うための、守るためのチカラ。軍隊みたいなものね。だからアンタはそのチカラで、めいっぱい戦って、水無月を守りなさい。」
 姫の顔は真剣そのものだった。俺も姫をじっと見返して、
「分かってる。」
と、うなずいた。
 ミナは俺と姫の顔を交互に見て、何か言いたそうだったけど、そのまま口をつぐんだ。
「話はこれでお終い。何かご質問のある方はご挙手願います。」
 姫はどかっと背もたれに寄りかかると、俺たちを横目で見て、くすっと微笑った。

 バイパスをぐるぐる走っていた車は、いつの間にか街中に戻ってきていた。
 ターミナル駅から歩いて5分くらいのところにあるラブホ…車はその前で停まった。
「このホテルよ。」
 姫はホテルの入口を指した。
「…ってラブホかよ!」
 思わず言うと、姫は、
「ここのオーナーが知り合いなの。長期滞在するからって、支払は済ませてある。」
 すました顔で、
「ベッドは大きいしー、お風呂は広いしー、ルームサービスも取れるしー、そして料金お手頃♪」
「テメー…料金お手頃に惹かれただけだろーがよ…」
 俺が言うと、姫はあははと笑って、
「でも、こういうとこの方がいいと思うのよ。他のお客と顔を合わせずに済むもの。」
 ミナはポカーンと呆気に取られた顔で姫を見ている。
「さあ、ふたりとも行きなさい。出入りには気を付けてね。」
 俺たちは顔を見合わせてうなずくと、車から降りた。
「また連絡するわ。」
 姫が言い終わると同時にドアは閉まり、車は駅に向かって走り出した。

 フロントで姫の名前を言うと、部屋番号を教えてくれた。
 8階のいちばん奥の部屋。中に入ると、確かに…ベッドは大きいし、風呂場は広い。ちゃんとクローゼットはあるし、カウンターには小さいシンクと電子レンジ、冷蔵庫、小さなIHヒーターまで付いてる。そしてテレビの前にはふたり掛けのソファとテーブル。モノトーンのシンプルな部屋だった。
「ま、確かに、ヘタなホテルよりこーいうとこの方が設備はいいよな。」
 振り返ると、託弥は後ろから俺を抱きしめた。
「…どうした?」
 身体を回して、正面から託弥を抱きとめる。
「…よかった。まだひばりと一緒にいられる…」
 泣きそうな声。
「バカだな…。」
 頭をぽんぽんっとしたら、託弥は顔を上げて俺を見た。
「一生…離さねえって、言ったじゃねえか。」
 託弥はホッとした顔でうなずいて、そして嬉しそうに微笑った。





the 3rd mission was completed;

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