■ 4_December -the intermission 1 ■ (2)
結局、侵入られただけで何かされたわけではなかったみたいだった。
俺はパスワードを全部書き換えて、足跡はたどったけど外国のサーバでそれ以上はたどれず、その報告を姫にメールした。
画面の時計表示は午前4時。ぱたん、とモニターを閉じる。
う〜〜〜ん、と伸びをして、見ると、ひばりはカウンターにつっぷして眠っていた。カウンターの上と足元に、ビールの空き缶が合わせて5本。ルームサービスで取ったシチューは手付かずのまま冷たくなっていた。
…さっきの…何だろう…ひばりがあんなこと言うなんてな。
俺はひばりを抱きかかえて、ベッドに寝かせた。
ひばりはごろん、と寝返りをうって、俺に背を向けた。
俺も着替えて寝ようかな…と、一旦ベッドを離れようとしたとき。急にひばりが俺の手首を掴んだ。
「起きてたのかよ…」
ひばりは無言でじっと俺を見ている。
「仕事、終わったよ。朝まで掛かっちまったけど…」
ただじいっと見てるだけ。
「何か言えよ。」
「…お疲れさん…」
「…うん。」
「さっき、ヘンなこと言って悪かったよ。」
ふっと目を逸らして、つぶやくような声で。
「テメーひとりに仕事させてんのもイヤだったし。俺、何にもしてねえのに。」
ああ、こないだも言ってたっけな…
「俺が帰って来たのに気付きもしねえし。」
「…ごめん。」
「テメーがわりいんじゃねえのにな。八つ当たりしてかっこわりいよな。」
ひばりはしゅんとした顔で目を伏せた。
「…どこ行ってたんだよ…。部屋で待ってるって言ってたのに。」
俺はベッドに肘をついて、ひばりの髪をなでた。
「…テメーのあと尾けてた。」
ひばりは枕に顔を埋めた。俺も思わず固まって、手が止まった。
「だって心配で…誰かに拉致られんじゃねえかって、たまらなくなって…」
そんな…
「遠目で見てたから、何を買ったとかは見てねえよ。ただ…」
枕に埋まったまま、ぼそぼそした声で。
「食器売場で楽しそうだった。俺…見とれてた…」
そう言って、ひばりはきゅっと身体を縮めた。
「こんなの、マジで初めてなんだよ。今までは、クリスマスとか言っても、何をそんなに浮かれてやがるんだか、って全然興味もなかったんだ。でも…」
枕の中からちらっと俺を見上げた目が。
「テメーが、あんまり楽しそうだから…」
胸の底をぎゅっと掴まれてしまう。
「ひばり…」
俺はひばりをきゅっと抱きしめた。
「ひばり、すきだよ。だいすき。」
「…うん…」
腕の中から俺を見上げたひばりに、俺は深く、深くキスした。
結局その日はふたりして夕方まで爆睡してしまって、夜、姫からひばりにかかってきた電話で起こされた。
「…っだよ、テメー。もう冬休みだろーがよ。水無月にばっかり仕事させやがって。」
ひばりが悪態を吐く。
「冬休み?!何言ってんの?アンタ、バカなの?」
姫のでかい声が電話の外まで聞こえた。
それからひばりは姫としばらく話してたけど、
「ああ、分かったよっ。」
と、電話を切ると、携帯をポイッとソファに投げた。
「姫、なんだって?」
「ああ、テメーのメール見たって。一応解決したらしい。ありがとって言ってた。」
ああ、やっとホッとした…
「あと、明日ケーキ届けるって。」
「はあ?ケーキ?」
「社員全員にケーキ配るんだってさ。で、俺たちにも。」
…なんか姫って…やっぱ不思議だ。俺が考え込んでると、
「ま、とりあえず今は、」
ひばりはベッドから抜け出て、伸びをすると、俺を振り返って、
「一緒に飯食おうぜ。腹減った。」
と、笑った。
ひばりと一緒に暮らして、分かったことがある。
一緒に飯食って、たくさん話して、一緒に眠って。
朝起きて最初に見るのが、いちばん大切なだいすきなひとの顔だってことが、どんなに嬉しいことか。
このことに慣れてしまいたくなんかない。いつも傍にいて、幸せだって感じていたい。
それが一生続けばいい。
ひばりが、昨日のシチューを電子レンジであっためてる。また冷蔵庫からビールを出してきて呑んでる。他にもまだ何か食うって、スーパーで買ってきてあった冷凍ピラフの袋を熱心に見てる。くわえ煙草で、棚から皿を出してくる。
俺はカウンターに肘をついて、ぼんやりとひばりを見ていた。
「テメー、見てねえで手伝えよっ。」
ひばりは、ピラフを皿にざらざらと出しながら言った。
「俺、そんなに食わねえし…」
「俺が食うからいーんだよっ。」
電子レンジとカウンターを行ったり来たり。
「ホラ、これ食えって。」
カウンターの上にはシチューとピラフとビールとつまみ。
ひばりもビール呑んで、あちこちもごもご食べて。
そういう顔見てるだけで、俺はもう、腹いっぱいなんだよ。
「なあ、サンタクロースって信じてた?」
ひばりが膝を抱えてベッドの上にすわってる。
クリスマスイヴの…今はもう夜。姫から届いたのは、苺のショートケーキふたつだった。
「やっぱりあの女はケチくせえなー。」
とか言いながらも、ひばりはにっこにこで食べてた。可愛い奴。
シャンパンじゃなくてビールなのが、まぁ男ふたりだし、でも食事も終わって風呂も入って、ベッドの上で話してた。
「サンタクロース…まあ、ちっちゃい子どものころはな。」
誰だってそうだろ。言い掛けたら、
「俺、そのころはサンタクロースなんて知らなかったな。」
ひばりがつぶやいた。
「いっつもひとりだったし。クリスマスだって、親もいなかったし。」
膝を抱えたまま、爪先をぱたぱたしてる。
「小学生になって、初めて知ったんだよ、そういうの。」
うつむいて自分の爪先を見てる。
「もう、即座にウソだと思ったね。だって、いつもひとりだったおれのとこには、そんな奴来たことなかったもん。」
そして、自分の膝に顎をついて、俺を見た。
「ずうっとひとりだったからさ、こういうの、慣れてない。」
「もう…いいんじゃねえの。そういうこと思い出さなくても。」
俺はひばりの肩を抱いた。やっぱり、という気持ちが胸を刺した。他人から…肉親からさえも、無条件に愛を注がれたことがなかったんだろうな、っていう気はしてた。
いつも強気で口が悪くて、でもときどき、目がふっと揺れてた。何かを求めてるみたいに。だけど。
「もうこれからは、ずうっと俺と一緒なんだし。」
「…うん…」
愛おしくて、胸がぎゅうっとなって、抱きしめることしかできないけど。
「こないだ買ってきたのさ、枕元に置いとこうよ。明日の朝、一緒に開けるんだよ。」
俺が言うと、ひばりは嬉しそうに笑った。
12月25日。なんだかドキドキして、いつもより早く目が覚めた。
俺の腕の中にひばりがいる。くうくう寝息をたてて、まだ寝てる。無防備な顔して。
ひばりのこんな顔、俺しか知らないよな、と思うと…なんかもう、胸がきゅーんとしてヤバい。
「ひばり。」
耳元で呼んでみる。
「〜〜〜ん〜〜〜」
まぶたがピクピクしてる。そっと唇で触れてみた。
「…おはよぉ…」
ひばりは俺の首に腕を回して、指先で首筋をなでた。
…一瞬で、身体が震えるほど気持ちが昂る。ヤバいって、そんなの、起き抜けなんだし…
俺は気をそらすように、慌てて言った。
「昨夜言ってただろ、一緒にプレゼント開けるって。」
「あ!!」
ひばりは急にぱっちりと目を開けて俺を見た。そして突然起き上がると、スーパーの紙袋を俺に手渡した。
「じゃあ、せーのーで、で。」
「せーのーでっ。」
ひばりは包装紙をばりばりっと破いた。あ、やっぱりそんな感じですか…。
俺は紙袋の口をそっと開けてみた。…ん?なんだこれ…?ひっくり返さないように、そっと中身を持ち上げる。それは、手のひらサイズの小さな鉢に植わったサボテンだった。
「可愛いだろ、それ。ウチワサボテンっていうんだって。なんかテメーに似てると思って。」
ひばりは満面の笑みで俺を見つめた。
「ホラ、この周りのとこ、芽みたいのがいっぱい出てんだろ?」
ひばりが指した場所に、確かに小さな芽がぷつぷつと出ていた。
「…一緒に育てようと思ってさ…」
ちょっと赤くなって、ひばりは上目遣いに俺を見た。
俺はもう…胸が熱くなって、多分顔も真っ赤になってると思う。
だって、このサボテンの芽は、ひばりと俺、ふたりで育てていける、ふたりの未来なんだから。それを、ひばりが選んで俺に託してくれたことが、本当に、本当に嬉しい。
「ありがと…。すげえ嬉しい…。」
「よかった。」
ひばりは正面から俺を見て、俺の贈ったマグカップを掲げると、
「俺も、ありがと。」
と笑った。でもすぐその笑顔がいたずらっこの顔になって、ニヤッと笑うと、
「でも、もうひとつある。」
ベッドの下から、デパートの紙袋を出してきた。
「開けてみな?」
言われるまま、紙袋の口を開けると、何の包装もされてないまま、俺がひばりに贈ったのと同じマグカップが出てきた。
「…これ…?」
「テメーがこれ買ったすぐあとで、店員に訊いて、俺も同じの買った。」
そして、こつん、とカップをぶつけると、
「お揃い。」
と、照れくさそうに笑った。
…なんだよ、なんだこれ。俺、もうどうにかなりそうだよ。
ひばりは満足そうにまた笑うと、
「何か飲もうぜ。」
と、ふたり分のカップをカウンターのシンクで洗い出した。
サボテンの鉢もカウンターの上に。
なんだか夢を見てるみたいで、俺もカウンターの椅子に座って、薄く射し込む朝の光の中のひばりを見ていた。
this intermission was completed,and Merry
Christmas!
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