■ 6_January -the mission between the
mission ■ (1)
よく、やっすいドラマや映画で、「運命のひと」みたいなテーマがあるだろ。
ひと目会ったそのときから心が通じ合い、生涯離れられない、みたいな。
自分の心の中の欠けた部分に、パズルのピースみたいにぴったりはまる相手が、みたいな。
…ありえないよな、そんなの。そもそも、どうして出会ったその場で、相手のことをまだよく知りもしないのにそんなふうに思えるのか。エスパーかよ。
いつだって大事な相手とは、自分でその関係を作っていかなきゃならない。
その責任はいつでも自分の中にあるんだ。
『運命』なんて、人の手でいくらでも変わる。変えることができるんだ。
そんなことをぼんやり考えながら、俺は、交差点の大型ビジョンに映し出された新作映画の宣伝を見るともなしに見ていた。
スクランブル交差点の歩行者信号が青に変わる。
今日は外回りの仕事が思ったより早く終わって、このまま帰れる。まだ夕方にもならない時間だけど、早く部屋に戻って、託弥と飯を食おう。
足早に横断歩道を半分くらい渡ったところで、向かい側から歩いてきた女とすれ違った。その直後、
「…陽晴ちゃん?!」
背後から、聞いたことのある声が俺を呼び止めた。
肩越しに振り返ると、さっきすれ違った女が俺を追い掛けてくる。
…ああ、面倒くせえのに見付かっちまった。
俺は仕方なく、その女と一緒に横断歩道を渡りきった。
もう、うんざりだ。今さらなんなんだよ。
俺の後をしばらく尾いてきた女に、俺はハッキリ、もうそのツラ見せんな、と釘を刺した。奴は一瞬言葉に詰まって、でも寂しげに微笑うと、元来た道を戻って行った。
これでいい。多分。
とにかく早く帰りたい。託弥の顔が見たい。
自分たちのホテルのすぐ近くの交差点で信号待ちをしながら、俺は思わず溜息を吐いた。見るともなしに道の向こうを見ると、交差点の角のコンビニから背の高い男が出てきた。
託弥だ。手にコンビニの袋を下げてる。飲み物でも買いに来たのかな。と、思った瞬間。
スーツを着た小太りの男が、託弥に後ろから近付いて声を掛けた。託弥が振り返る。男は託弥の腕を掴んで、何か話し掛けてる。
俺の身体の中で、どくん、と大きな音がした。手が震えそうになる。
奴らだ。託弥を拉致ろうとしてる奴が手を出してきたんだ。
俺はもう信号が変わるのを待っていられず、交差点に飛び出した。ちょうど車の通りもなく、交差点を突っ切ると、託弥と男のところまで駆けつけた。
「おい、テメー!!」
俺は男の肩を後ろから掴んで、託弥から引き離した。
「ひばり?!」
託弥が驚いた声を上げる。それには応えず、俺は男と託弥の間に入った。
「テメー、よくもこんな真っ昼間から手を出してくれたな。」
怒りで声が低くなってしまう。男はポカーンとした顔で俺を見た。
「俺の水無月を拉致ろうなんて300年早ぇんだよっ!」
「な…何の話ですか…」
男はやっとそう言うと、託弥と俺を交互に見た。
「沖、このひと…?」
「テメー、しらばっくれんのもいーかげんに…」
男に掴み掛かろうとしている俺の腕を、託弥が後ろから押さえつけた。
「違うからっ。こいつは俺の、高校の同級生っ。」
…え…?振り返ると、託弥は困ったような顔で俺を見た。
「偶然、今ここでバッタリ会ったんだよ。もう何年も会ってなかったから、ちょっと話してただけだから。」
…俺の勘違い…俺は振り上げかけていた手をのろのろと下ろした。
「わりいな。もう行くから。」
託弥は男にそう言うと、俺の腕を引いた。
「あ?ああ…」
男は不審げな顔のまま、俺たちを見送った。
託弥は俺の腕を引いたまま、すたすた歩いていく。そのままホテルのエントランスに入ると、ぱっと手を離した。
「…なんなんだよ、おまえ…」
俺の方は見ずに、託弥はぼそっとつぶやいた。
「ゴメン…」
でも、俺の胸の中はまだどくどくと激しく波うっている。
エレベーターが1階に着いて、俺たちは黙ったままそこに乗り込んだ。
部屋に戻るまで、俺も託弥もひとことも話さなかった。
部屋に入ると、託弥はコンビニの袋をカウンターに置いて、中身を次々に取り出した。俺が毎朝飲んでる野菜ジュース。俺の煙草。俺がよく買ってる菓子。月刊マガジン…
「これ、毎月6日が発売日なんだろ。昨日買ってきてなかったから、買っといたから。」
言いながら、託弥は本を俺に手渡した。
「今日って…1月7日か…」
「日にちの感覚なくなるよな。こんな生活してると。」
託弥がその他のものをそれぞれ片付けてる。その姿を見ながら、俺は思わずつぶやいた。
「…俺、今日、誕生日だった…」
「えっ?!」
冷蔵庫の前で託弥が振り返る。
「26になっちまった…」
本を持ったまま、俺はソファまで行って座った。本をテーブルに置いて、いろんな考えが頭の中を巡る。
そうか、だからあの女、俺と話したそうにしてたのか…いや、俺の誕生日なんて忘れてんだろ、どうせ。
「おめでと、ひばり。」
ソファの隣に託弥も座る。俺は、うん、とうなずいた。託弥は、そんな俺をじっと見てたけど、ふと真剣な顔になると、
「…何かあったのか?」
と訊いた。
「…別に、何もねえけど。」
「俺には言いたくねえこと?」
託弥はじっと俺の目を見て、でもすぐふっと逸らした。
「言いたくないなら…仕方ないけど。」
「そうじゃねえよ。大したことじゃないからさ。」
「大したことないって顔じゃねえだろ、おまえ。」
また俺の目をじっとのぞき込む。ちょっとだけ不安そうにも見える。俺、今そんなヘンな表情(かお)してんのかな…。
…でも、そうだな、託弥には話しといた方がいいのかな。俺は小さく息を吐いて、託弥の目を見返した。
「話すけど…引くなよ。」
うん、と託弥がうなずく。
「さっき…駅前で、母親に会ったんだよ、偶然。」
「母親?ひばりの?」
「うん…」
託弥はちょっと驚いたように俺を見ている。
「お袋さん、いたんだ…」
「そりゃ、いるだろ。」
「いや、だって…子どものときからひとりだったって言ってたから。」
「そうだよ。」
俺は、自分の手が震えそうになってるのに気付いた。指先が冷たい。
「アイツ、めったに家に帰って来なかったから。」
「…仕事とかで…」
「分かんねえ。」
こんな話、誰にもしたことない。託弥がどう思うかも分からない。
「物心つくころには、いつもひとりだったんだよ。父親は元々いねえし、アイツは週に1回くらい帰ってきて、食べるものだけはたくさん用意して、俺が寝てる間に出てっちまうんだ。」
託弥はじっと俺を見てる。
「俺、保育園とか幼稚園とかも行ってねえの。だから小学生になったときはちょっと大変だったよ。うまく喋れねえし、ひらがなも読めねえし。学校の先生が親に連絡しようにも、どこで何してんだか連絡つかねえし。」
「施設とかは…」
「そもそも連絡つかねえからな。俺も別に望まなかったし。」
なんだかもう、託弥の顔が見れない。
「小学校も3年生くらいになったら、金だけ置いてくようになったよ。それで生活してた。中学生になったら、俺もほとんど家に帰らなくなってたしさ。」
「じゃあ、それ以降は連絡取ってないのか…」
「最後に会ったのが中学の卒業式の日かな。11年前…だよな。」
それ以降は俺自身が酷い生活をしてたから…これ以上は話せない。
「それが今日、偶然バッタリ会ったってことか…」
託弥は小さく溜息を吐いた。
「おまえ、苦労してんだな。」
「別に。苦労とかは思ってねえよ。ただ…」
やっぱり託弥の顔が見れない。だんだんうつむいてしまう。
「…なんで、俺を産んだのかな、とは思ってたな。世話する気もないのに、産んでどういうつもりだったんだろう、って。」
託弥がぐっと息を呑むのが分かった。でも次の瞬間、託弥は俺の腕を取ると、自分の胸の中に引き寄せた。託弥の胸に頭を預けると、鼓動がとくとくいってるのが分かった。きゅうっと俺を抱きしめて、小さな声で託弥は言った。
「なんで産まれてきたのかって…俺と会うためじゃねえの。」
俺はびっくりして託弥の顔を見上げた。
「テメー…よくまあそんなくせえセリフ言えんな…」
「でも、それでいいじゃねえか。」
託弥はまた、きゅっと腕に力を込めた。
「ひばりのお袋さんがどういうつもりでそんなことしてたのか、俺には分かんねえよ。でもさ…」
額をこつんとくっつけて、また小さい声で。
「ひばりを産んでくれたから、俺がひばりに会えたのは間違いねえし。それだけで、すごい意味があることだしな。」
そうして、唇を俺の耳元に寄せると、つぶやくように
「すきだよ。」
と言った。
「話してくれてありがとな。おまえ、もう、ひとりじゃないから。」
その途端、俺の胸の底の誰にも触らせたことのない場所がじんわりと温かくなっていくような気がして、目の前が熱くなった。
「託弥…俺さ…」
「…うん。大丈夫だよ、もう。」
託弥は俺の頬を両手のひらで挟むと、そっと唇を重ねた。
「誕生日おめでとう。…愛してるよ。」
ぎゅうっと抱きしめられて、何度もキスされて、そのたびにすきだ、って、愛してる、って、何度も何度もささやかれて。
身体がどんどん熱くなっていく。俺は託弥の首に腕を回した。頬と頬をくっつけて、耳たぶを唇できゅっと挟んで。どうしようもなく、俺は託弥をねだった。
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