■ 6_January -the mission between the mission ■ (3)


 腹が減って目が覚めた。
 昨日は夕方早く帰って来て飯も食わずにあんなだったから…カーテンもひかずにいた窓の外は、でもまだ暗い。
 ふと、隣に託弥がいないことに気付いた。ぼんやりしたまま身体を起こすと、託弥はソファの前のテーブルでノーパソの画面をじっと見ていた。
「…おはよう…」
 ベッドの上から声を掛けると、託弥は一瞬びくっとして、それから振り返った。
「おはよう…」
「なに?仕事?」
 俺はベッドから下りると託弥のすぐ隣に座った。何気なく画面をのぞき込むと、それは何か細かく書いてある表だった。
「なんだ?これ…」
 託弥は俺を困ったような顔で見てたけど、言いづらそうに、
「県警のネットワークに入った…」
と言った。
「警察…?」
 思わず険しい声になってしまう。
「何調べてんだよ…」
 コイツ、何やってんだよ。ますます声は険しくなる。つい、託弥をにらむように見ると、
「おまえのお袋さんのことだよ。」
 託弥はうつむいて小さい声で言った。
「ちょっと待ってろ。すぐ出るから。」
 託弥はものすごい早さでカチャカチャとキーを打つと、ノーパソの電源を落とした。
「…どういうことだよ。」
 もう一度、託弥に訊く。託弥は画面をぱたんと閉じると、俺に向き直った。
「だって、おかしいと思わねえか?小さい子どもひとりを残して、どこで何してるかも分からないなんて。」
「遊び歩いてたんじゃねえの。」
 俺は吐き捨てるように言った。
「そんなこと、どうだっていい。」
「どうだっていい訳ない。」
 強い声で、ハッキリと託弥は言った。
「何か理由があるはずだと思う。」
「…どんな理由があるって言うんだよ…」
 俺は思わずうつむいた。
「どんな理由があれば、子どもをひとりで残していいことになるって言うんだよ。」
「だから…それを調べてた。」
 託弥は俺の手首を掴んでじっと俺の目を見た。
「守居、って姓はそんなによくある姓じゃないから…警察のネットワークの中、探してみた。」
「何か…分かったのか…」
 こっくりうなずいて、でも言いづらそうに、言葉を選ぶように、託弥は言った。
「おまえのお袋さん…もうじきパクられるかもしれない…」
 …それは…なんだ?コイツ、何を言ってるんだ?
 思わず声を失った俺を、託弥はじっと見つめたまま、もう一度きゅっと手首を掴んだ。
「もう…何年もマークされてる。」
「アイツ…何やったんだ?」
 声がかすれる。
「直接の容疑は管理売春だな。あと、オーバーステイの外国人を店に入れてるから出管法にも引っかかる。」
「店って…」
「おまえには、それすら知らせてなかったんだな、お袋さんは。」
 託弥の声が、エコーがかかりすぎた音みたいになって頭の中で響く。
「繁華街からは外れたとこだけど、店をやってるんだよ。表向きは普通のスナックみたいな呑み屋だけど。」
 言いづらそうにしながらも、託弥は俺の目をじっと見ながら話し続ける。
「でも、正直言って、そんなのはよくあることだから。ただ、そこの店で…ときどき薬の取引がされてるみたいで…」
 …そんなことまで…だんだん俺は情けなくなってきた。
「でも、それには、店の従業員とかは関わってないんだ。客同士のやり取りだから。」
「そんなの、何のなぐさめにもならねえんだけど…」
「ただ、だから、店としては、そういうのを黙認してるんじゃないかっていう…」
「もう、いいよ…」
 俺は託弥から視線を外した。
「俺の母親がろくでもねえ人間だってことがハッキリ分かっただけだ。」
「違う!」
 託弥は掴んでいた俺の手首をぎゅっと引いた。引っ張られて、俺は託弥の腕の中に収まった。
「俺、思ったんだけど…」
 背中に託弥の手の熱を感じる。
「多分、母子ふたりで生きてくために、おまえのお袋さんは必死だったんだよ。だから、少しくらい危ない橋を渡ってでも働いてたんだと思う。」
「そんなの…テメーの都合のいい想像だろ…」
「そう思ったっていいじゃねえか。」
 俺の肩に顎を乗せて、託弥は小さい声で言った。
「だけど、危ない仕事してることをひばりに知られたくなかっただろうし、もし、ヤバい奴がひばりに近付いたらと思ったら、お袋さん自身がもう、ひばりに近付けなくなっちまったんじゃないかな。」
「だから、そんなの…」
「俺の勝手な想像だよ。でもそう思いたい…」
 背中に回った託弥の手が、俺をきゅうっと抱きしめた。そのまま、やっぱり小さい声で託弥はつぶやいた。
「俺はもう、両親いないからさ…。中学生のころ、ふたりいっぺんに交通事故で死んじまった。」
 俺の肩に顔を埋めるように。
「生きてるなら…関係はどうとでも変えていけるよ。ひばりには、引っかかってることを少しでもクリアにしてほしいんだよ。」
「…分かったよ。」
 俺も託弥の背中に手を回した。それから顔をのぞき込むと、託弥は泣きそうな目をしていた。
「こっち向けよ。」
 俺の肩から上目遣いに俺を見る、その目を見てると胸の中がぎゅうっとなる。
「託弥の言うとおりにするよ。ありがとな。」
 泣き笑いみたいな顔になった託弥の頬に、俺はキスした。

「…で、どうするかなんだけど。」
 カウンターに向かい合わせに座って、朝飯を食べる。朝はだいたいいつも同じ。前日にコンビニやスーパーで買ってきたパンと、俺は野菜ジュース、託弥はコーヒー。ふたりで用意してふたりで食べる。
 託弥はコーヒーの入ったマグカップをカウンターの上に置くと話し出した。
「まだ令状は出てないから、逃がそうと思う。」
「逃がすって…」
「でも警察に張られてはいるから…なんとか連れ出して、そのまましばらく身を隠すとかさ。」
 俺が黙っていると、託弥は俺の手をきゅっと包んだ。
「おまえも少しお袋さんと話せばいいし。」
「何も話すことなんてねえよ。」
「何でもいいんだよ。近況とか。」
「テメーのこととか?」
 俺は握られた手をくるっと返して、逆に託弥の手を握った。
「それは…別に。お袋さん、びっくりするだろ。」
「自分の息子がホモになったと思って?」
 託弥は苦笑して、そうじゃないけど、と口の中だけでつぶやいた。
「とにかく会ってみなくちゃ。どうやって向こうに行こうか。」
 それから俺たちは計画を考えた。用意するものとか…金も下ろしてこなきゃ。
「車が必要だな。」
 託弥はすぐに携帯でどこかに連絡している。電話を切ると、ふうっと息を吐いて、俺を見た。
「おじさんに頼んで、軽トラ借りれることになった。」
「おじさんって?」
「俺の母親の弟。俺、両親が死んでから、おじさんとふたりで住んでたんだ。タクドラやっててさ、そのつてで俺もタクシー会社で働いてたんだ。」
 俺たち、お互いに相手の家族のこととか全然知らなかったんだな…。でも今回のことでそういうことも分かって、よかったのかどうなんだろう。
「おじさんは、俺が姫の運転手してるって思ってるんだよ。それが何で軽トラなんだって訊かれて、困っちゃったよ…」
 俺は思わず吹き出した。そんな俺を見て、託弥は柔らかい表情(かお)になると、
「やっと…笑顔見れた…」
と言った。


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