■ 6_January -the mission between the
mission ■ (4)
託弥が調べた住所は、郊外に建つ7階建てのマンションだった。
俺たちは作業着に帽子を目深にかぶると、借りてきた軽トラに乗り込んだ。荷台には台車と大きな段ボール箱。それを紐でくくって、マンションに向かった。
マンションの駐車場で、台車に段ボール箱を乗せる。今のところ空っぽなんだけど、重そうに持つ。
どこで誰が見てるか分からないから…託弥は何度も俺に念押しした。
その台車を押して、マンションの入口に入る。母親の部屋の番号と呼出ボタンを押す。しばらく呼出音が鳴ってから、応答があった。
「ハイ?」
「守居さんでいらっしゃいますか。宅配便です。」
託弥がインターフォンに向かって話す。
「ご苦労さま。今開けますね。」
声と同時に、入口のドアのロックが開く音がした。俺と託弥は台車をゆっくり押しながらエントランスに入った。左手にエレベーターがある。俺たちは慎重そうに台車をエレベーターに入れた。エレベーターの中にだって防犯カメラはついてる。黙ったまま、エレベーターは目的の階に着いた。
正直言って、俺は複雑な気持ちだった。まさか自分から母親に会いに行くなんて、想像したこともないことだった。それだけ、託弥の言うことは、俺の中で大きいんだと思う。
部屋の前で、託弥はドアのインターフォンを押した。部屋の中でがたがた物音がして、ドアは開いた。きちんと化粧して髪も巻いて、歳のわりには若作りな、俺の母親が出てきた。
「荷物って何かしら?」
「すみません、箱が大きいので、台車ごと玄関に入れさせてもらいますね。」
俺はそう言って、強引に台車を玄関に入れると、自分たちも中に入ってドアを閉めた。
「えっ…?あの…?」
母親はちょっと後退りして不審げに俺たちを見た。ったく、自分のガキの声も分かんねえのかよ…俺は帽子を取った。
「俺だよ。」
「陽晴ちゃん?!どうして…」
「ちょっとすみません、今は喋らないで、ここにいてもらえますか。」
託弥はそう制して、ずかずかと部屋に入って行った。
「な…何…?」
「アンタはここにいろ。今、アイツ、盗聴器がないか調べてるから。」
「盗聴器…?」
母親の顔色が変わる。玄関から振り返って、部屋の様子を心配そうに見ている。やっぱりな、心当たりあるってことだよな…
託弥は何か小さな機械をあちこち向けて、部屋中のコンセントを全部抜くと、玄関に戻ってきた。
「多分、大丈夫…」
「ありがとな。じゃあ、次にアンタはカーテンを全部閉めてこい。」
母親は俺に言われるまま、全部のカーテンを閉めると、また玄関に戻ってきた。
「これでいい?」
「ああ。俺も部屋に上がっていい?」
「当たり前でしょ。」
俺たちを部屋に招き入れ、ソファを勧めると、母親はキッチンに入った。1LDKの部屋の中はあまり荷物はなく、閑散としている。
「どうしたの、何があったの?」
カチャカチャと食器の音。カーテンを閉めて薄暗い部屋で、母親は俺たちに茶を出した。
…この湯呑み…見覚えがある…俺が子どものころにも家にあった湯呑みだ…
「この際ハッキリ言いますけど、守居さん、警察に張られてます。」
託弥が強い口調で切り出した。母親はポカーンとした顔をしていたけど、すぐくすくす笑い出した。
「何言ってるの?あたしはそんなこと…」
「もう分かってんだよ。」
俺は湯呑みを両手で包んで、うつむいたまま言った。
「アンタが何してんのかとかさ。心当たりあんだろ。」
上目遣いに見上げると、母親はきゅうっと唇を噛みしめた。
「そのせいで俺を放ったらかしにしてたってこともな。」
「陽晴ちゃん、それは…」
「別にそれはもうどうでもいいんだ。今問題なのは、アンタがパクられそうになってるってことなんだよ。」
俺は湯呑みをテーブルに置くと、ソファから立ち上がった。
「で、どうする?アンタにその気があるなら、俺たちが逃がしてやるけど。」
「…逃げる…あたしが?」
「今はまだ参考人扱いです。任意同行を拒んでも罪にはなりません。」
託弥も真剣な声になってる。
母親は呆然とした顔で、立ったままの俺を見上げた。
「陽晴ちゃんは、どうして?」
俺が見下ろすと、泣きそうな声で、
「あたしのこと恨んでるんでしょ。」
と言った。
「別に。」
俺はわざとそっけなく答えた。
「俺ももうガキじゃねえし。さっきも言ったけど、むかしのことはもうどうだっていいんだよ。」
あまり喋り過ぎると余計なことを言ってしまいそうで、俺はそれだけ言って口をつぐんだ。
託弥はそんな俺たちふたりを見てたけど、もう一度、母親に声を掛けた。
「で…どうしますか。」
「お店は閉めなきゃなんないわね…」
「従業員は何人いるんですか。」
「女の子が3人ね。みんな外国人だけど。」
「20万ずつ持たせて、入管に行かせましょう。」
さくさくと託弥は話を進める。
「金は用意してきました。3人分に分けて、後で俺が届けときます。」
託弥は言いながら、胸ポケットから茶封筒に入った金を取り出した。
「でも…」
託弥の手元を見ながら、母親は口ごもった。
「金のことは、ひばりと俺が働いて得た金だから、返さなくていいです。」
「そういうことだから、必要なものだけかばんにでも詰めろよ。」
俺も言いながら部屋の中を見回した。家具は作り付け、調度品もほとんどない。
なんだか母親が小さく見える。そんな姿を見てると、小さいときはともかく、俺は母親を自分の母親だと感じられなくなっていたんだ、ということに気付く。やっと今、コイツは俺の母親なんだと感じて、俺は胸がかきむしられるような思いがした。
母親は、俺と託弥を交互に見ていたけど、託弥に目を留めて声を掛けた。
「ねぇ、あなた…」
「はい?」
「お名前は何て言うの?」
「沖ですけど…」
「沖さんは、陽晴とはどういうお友達なの?こんなにしてくれるなんて…」
一瞬、託弥が答えに詰まる。
「同僚…っていうか…同じとこで仕事してるっていうか…」
「俺の男だよ。」
託弥の代わりに俺が答えた。託弥はびっくりした顔になって俺を見て、でも次にはちょっと恥ずかしそうにうつむいた。母親はポカーンとした顔で俺を見返した。
「陽晴ちゃんは…男のひとが好きなひとなの…」
「そうじゃねえけど。」
俺は託弥の肩をぽんっとたたいて、
「コイツだけは別だから。」
と言った。託弥は申し訳なさそうに
「すみません…」
と頭を下げた。母親は、ちょっとだけ微笑うと、
「どうして謝るの?陽晴をこんなに大事にしてくれてるのに。」
と、託弥の手を取った。
「沖さん、ありがとう。陽晴のこと、よろしくお願いしますね。」
託弥は手を握られたまま、泣きそうな顔で何度もうなずいた。
母親はクローゼットから小型のボストンバッグを取り出すと、身の回りのものを荷造りし出した。
着替え、化粧品を少し、さっき俺が使った湯呑みも洗ってタオルに巻いて、かばんに入れた。
「そんなもの持ってくのかよ…」
ちょっと呆れて俺が言うと、母親は、
「だって、この湯呑み、陽晴ちゃんがいつも使ってたのだし…あたしには大事なの。」
と、ぼそぼそと言った。それから、テレビ台の下の引き出しから貴重品を取り出すと、思い出したように、端がボロボロになった小さくたたまれた紙を俺に見せた。
「これ…覚えてる?」
開いてみると、それはクレヨンで描かれたくちゃくちゃな絵だった。丸かいてちょん、みたいな顔の絵の回りにぐちゃぐちゃに線がひいてある。
「陽晴ちゃんが3歳くらいのとき、かいてくれたのよ。おかあちゃんのおかお、って。」
俺は思わず顔を上げて母親を見た。母親はにっこり笑うと、
「あたしの宝物。」
と、静かに言った。
呆然としている俺の手からその絵をそっと受け取ると、母親は大切そうにまた小さくたたむと、小さな手帳にはさみ込んだ。その手帳…表紙に母子健康手帳って書いてある…
何も言えずにいる俺を、隣で託弥は優しい顔で見ていた。そして、そっと俺の手のひらに手をすべり込ませて、きゅっと握った。
俺たちは母親を、用意してきた段ボール箱に入らせて、台車に乗せた。それを、宅配業者が集荷した荷物を運ぶみたいに、軽トラの荷台に箱を乗せて、紐で固定させた。
そのままターミナル駅に向かうと、駅裏の線路沿いの道に軽トラを停めて、周囲を確認してから荷台の箱を開けて、母親を下ろした。
俺たちも作業着の上着を脱いで、普段着のシャツやジャンパーを着て、母親の後について駅に向かった。
券売機の前で俺は新幹線の乗車券を買うと、ズボンのポケットに入れていた金と一緒に母親に無言で手渡した。何か言おうとしている母親の前から俺は離れると、入場券を2枚買って、母親には中に入るよう、目で促した。
母親は俺たちを振り返り振り返り、改札を通って行った。
新幹線のホームでも、母親は何度も、キオスクの陰に隠れてた俺たちを振り返った。
そのたび、俺は首を振って母親を制した。
新幹線に乗り込んで、座席に落ち着いた母親は、窓から俺たちをじっと見ていた。そして、発車と同時に小さく手を振った。俺はうなずいて応え、託弥は深々と頭を下げた。
「行っちまったな…」
託弥は小さくつぶやくと、俺の顔をじっと見た。
「大丈夫か?」
「俺?何ともねえけど。」
俺は託弥の腰をぽんぽんっとたたいた。
「ありがとな。」
微笑いかけると、託弥もホッとした顔になった。
「あとは店と部屋に業者入れて片付けさせて…あ、軽トラ返しに行かなくちゃ。」
俺たちはホームの端のエスカレーターに向かって歩き出した。先に俺がエスカレーターに乗って、2段あとに託弥が乗った。俺は振り返って託弥を見下ろして言った。
「なあ、軽トラ返すとき、俺も一緒に行って、テメーのおじさんに挨拶しようか?」
託弥は心底びっくりした顔して俺を見上げた。
「いや…多分、そんなことしたら、おじさん、びっくりしすぎて倒れちまうから…」
「冗談だよ。」
俺はまた託弥に微笑いかけた。
「でも、すごい感謝してるって伝えといて。」
「軽トラのこと?」
「、も、そうだけど、託弥のことも。育てて、仕事まで面倒みてくれてたんだからさ。」
エスカレーターが頂上に着いた。先に降りて託弥を待って、俺たちは並んで歩く。
「ひばりさ…」
託弥の顔がちょっと赤い。
「こないだ俺に、よくそんなくさいセリフ言えるなって言ってたけど、おまえだってさ…」
「いいじゃねえか。」
俺はわざとそっぽを向いて、知らんぷりしながら言った。
「早く帰ろうぜ。」
託弥はそれには応えず、二の腕で俺の肩をきゅっと押した。
the mission between the mission was completed;