■ 7_May -the 4th mission ■ (1)
長い、深いキスのあと、託弥は俺のスーツの上着を脱がしながら、
「これ、ちゃんとハンガーに掛けとけよ。しわになるだろ。」
と言った。
「そんなの後でいいだろ。」
俺はネクタイをゆるめながら、託弥から受け取った上着をベッドに投げた。
「明日、姫のとこ行くんだろ。」
託弥はベッドの上の上着を拾うと、ハンガーに掛けてクローゼットにつるした。
「ネクタイもよこせよ。」
それも一緒にハンガーに掛けてる。
「ズボンはあとでプレス機な。」
「そこまでしなくていーんじゃねえの〜〜〜?」
ホント、几帳面な奴なんだから。
「あのな、姫にあとでちくちく言われんのは俺なんだよ?こないだだって、『如月の靴が随分泥だらけだったけど、雨降ったのって2日前よね?靴の手入れもできないほどお盛んなのかしら?』とか言われたんだぜ?」
託弥は手をバタバタさせながら力説する。
「へえ?アイツ、俺には何も言わなかったぜ?」
「だからさ、姫も分かってんだよ。」
呆れ顔になりながら、
「ひばりに言ってもやらないから、俺に言うんだろ。」
託弥の顔を見てると、可愛くてついにやけてしまう。
「何笑ってんだよ。」
「いやいや。お世話になります。」
ぺこりとおじぎをしたら、託弥はますます呆れた顔になって、でも次にはぷっと吹き出して、俺を抱き寄せた。
「なあ…」
俺は託弥の胸に頭を預けた。
「このままベッドに入ってもいい?」
見上げると、託弥の顔が目の前にあった。唇が触れそうになった、その瞬間。
……う゛う゛う゛う゛う゛……
俺のズボンのポケットに入っていた携帯が震えた。
俺たちは一瞬びくっとなって、それから顔を見合わせて溜息を吐いた。
電話に出ると、やっぱり姫だった。
「ごめんねぇ〜。お楽しみのところだったかしら?」
「ゲスいこと言ってんじゃねえよ。何だよ、用はっ。」
つい、つっけんどんな言い方になってしまう。
「如月、アンタ明日何時ごろ来れそう?」
「いつもどおりだよ。夜の10時過ぎに行くつもりだけど?」
「分かった。そのとき、水無月も一緒に連れてきてほしいの。」
俺は思わず託弥を見た。託弥はキョトンとした顔してる。
「なんで。」
「なんでって、水無月にも用があるからに決まってるでしょ。」
…ホント、この女、ムカつく言い方する。
「一緒に会社に行って大丈夫なのかよ。」
「大丈夫になってる。」
なってる、ってどういう意味だよ…。
「とにかく、ふたり一緒に話しときたいことがあるの。」
「分かったよ。水無月にも言っとくよ。」
託弥は、俺?と自分のことを指した。俺はうなずいて、
「用はそんだけ?」
早く電話切りたいんだけど。
「そうね。続きは明日話すわ。じゃあ、」
姫は、芝居がかった声で、
「どうぞ素敵な夜を♪」
と言って電話を切った。
俺は携帯をテーブルに放り投げた。
「相変わらずふざけた女だぜ。」
「俺も明日行くの?」
託弥が不思議そうに訊く。そりゃそうだよな、今託弥がやってるのって、こないだどっかの会社から拾ってきたデータを解析することだし、それもまだ途中だし。今のところ報告する必要もないって、今朝言ってたもんな。
「ああ。姫が、ふたり一緒に話があるって。」
「何だろ…」
「さあな。アイツの考えてることは理解できねえ。」
俺は首をぷるぷる振った。それから、託弥の首に腕を回して、
「そんなことより…さっきの続きしよーぜ。」
と耳元でささやいた。
あくる日の夜。
一応用心のために、ミナを先に行かせて、俺はその後ろを尾行するようについて行った。
会社のビルに入ったところで、ミナが俺を待っていてくれる。
「大丈夫だったな。」
ミナが微笑った。
「でも、気を付けるに越したことないから。」
「キサラと一緒に歩きたかったけど。」
「そりゃ無理だろ。」
俺たちはエレベーターで14階に向かった。
「またふたりでやる仕事なのかな。」
ミナがつぶやく。俺は後ろ手にミナの左手をぎゅっと握って、
「もしそうなら…テメーを近くで守ってやれるんだけど。」
と、隣にいるミナを見上げた。ミナはまたちょっと嬉しそうに微笑って、ちゅっとキスしてきた。
「バカ。監視カメラ付いてんだぞ。」
俺が言うと、ミナはぱっと顔を赤くしてうつむいた。…いちいち可愛いんだよ、テメーはっ。
ちょうどそこで14階に着いて、俺たちはエレベーターを降りた。
姫のオフィスのドアをノックすると、
「どうぞ。」
姫のすました声。先にミナを行かせて、俺はゆっくりドアを閉めた。
「バカップルのご到着ね。」
…やっぱり監視カメラで見てやがったな。ミナが真っ赤になってうつむく。
「それはともかく、アンタたちの同僚を紹介します。」
姫がそう言うと、奥の部屋から男がひとり出てきた。
歳は20歳過ぎくらいか?茶髪の短髪で、目付きが鋭く、眼鏡を掛けている。細い身体に、腕や脚が長く見える。
「こっちは皐月。5月の皐月よ。今日からアンタたちの同僚になります。」
姫の声に、その男…皐月は俺たちの前まで来て、ペコッと頭を下げた。
「サツキっす。よろしくお願いします。」
あー、声が若い。俺とミナは思わず顔を見合わせた。
「こっちの大っきい子が水無月。こっちのちみっこは如月よ。」
姫が俺たちを指しながらサツキに言った。
「誰がちみっこだよっ。」
思わず言ってしまうと、姫はまた例によってくすくす笑った。ホント、腹立つ女だな。
「で、仕事だけど。」
姫は立ち上がりながら俺たちを見た。
「皐月は初めての仕事になるから、今回は如月と組んでもらうわ。水無月にはそのサポートをしてほしいの。」
俺たちはまた顔を見合わせた。
「で、何すんだよ。」
訊いてみると、
「それはまた後でメールするわ。とりあえず今日は顔合わせってとこね。」
姫はそう言って、奥の部屋に向かった。
「今日はこれでお終い。ふたりとも帰っていいわよ。」
なんだそれ…これだけのために呼びつけたのかよ…。
「皐月にはまだ話があるから、一緒にいらっしゃい。」
姫はそう言って、サツキだけを連れて、奥の部屋に入って行った。
帰りもまた、託弥を先に行かせて、俺は後を尾けていった。怪しい気配は感じない。
部屋に戻って、やっと一息ついた。
「ひばり、スーツ。」
クローゼットの前で、託弥に上着とネクタイを渡す。託弥も自分のスーツを脱ぐと、ズボンまでぽんぽんとたたいてほこりを落とし、ハンガーに掛けた。
「ひばりのズボンはプレス機な。あと、ワイシャツはクリーニングに出すから。」
「…テメーは俺の嫁さんかよ。」
託弥は一瞬びっくりした顔になって、でもすぐくすくす笑った。そんな顔見てると、胸がきゅっとなる。
…そうだよ。テメーは俺の嫁なんだよ。可愛くてしょーがねえんだよ。
けど、俺はその言葉を呑み込んだ。そんなこと、口に出して言うことじゃねえし。
「何か食う?」
託弥が冷蔵庫の中をのぞきながら言った。俺はただその姿をぼんやり見ていた。