■ 7_May -the 4th mission ■ (3)


 『美少年倶楽部』1日め。俺とサツキは待機室で椅子に座って客を待っていた。
 初日から指名が入るわけないから、先輩のヘルプに入るのかなぁ。指示待ちだよなぁ、と思っていたら、急にウェイターが部屋に入ってきた。
「鈴蘭さん、ご指名です。」
「え?俺?」
 思わず自分を指さす。
「常連のお客さまで、新人が入ると必ず指名してくださるんです。」
「じゃあ、椿も一緒に…」
 サツキを振り返ると、ウェイターは、
「いえ、今日は鈴蘭さんおひとりで。」
と、俺の腕を引いた。
「いや、初めてだから、どう接客したらいいのか分かんねえんすけど。」
 …分かんねえことないけどな。一応言っとかないと初々しくないよな。
「大丈夫です。飲み物とつまみのオーダー聞いて、あとは話し相手になってれば。」
「話し相手って…」
 サツキはポカーンと俺を見てる。俺はその顔に向かって、奴にだけ見えるようにニヤッと笑った。途端、サツキはビクーッとした顔になった。面白え。
「早く、鈴蘭さん。お客さまがお待ちですからっ。」
 ウェイターがぐいぐい腕を引っ張る。その勢いにつられて、俺は待機室を出た。

 俺を指名した客は個室にいた。
「失礼しまーす…」
 いかにも場慣れしてないふうで、俺は個室に入った。
 客は50歳くらいの小太りの男だった。高価そうなスーツに金ぴかな腕時計。革靴の先はとんがってる。
「ご指名ありがとうございます。鈴蘭です。」
 俺は立ったままおじぎした。
「…へぇ…」
 男はちょっと感心したみたいな声を出して、
「まあ、座って。」
と、自分の座っているソファの隣を指さした。俺は座りながら、
「お飲み物は如何いたしますか?」
と丁寧に訊いた。男は高級ワインの名を言って、フルーツも注文した。俺は入口で待っていたウェイターにそれを告げると、また男の隣に腰を下ろした。
「君は今日が初日なんだってね。」
 スーツの内ポケットから煙草を出しながら、男が言った。
「ハイ。不慣れなもので、失礼がありましたら申し訳ありません。」
 俺はテーブルの上にあったライターで男の煙草に火を点けながら言った。
「いや、いいんだ。新人の子と話すのが楽しいんだよ。」
 男は無遠慮に俺をじろじろ見ながら言った。
 そこに、さっき注文した酒とフルーツが運ばれてきて、ウェイターはテーブルの上にそれを置くと部屋を出て行った。あぁ〜…ついに客とふたりきり…
「君の名前は鈴蘭ということだけど…」
 煙草の灰を灰皿に落としながら男が言った。
「鈴蘭は、可愛らしい花を咲かすくせに、根には毒を持っている、ということを知っていて、その名前を付けたのかね?」
 勿論そうですよ。俺は、胸の中ではそう答えながら、
「あ、そうなんですか?俺、知らなくて…」
 言いながら、酒をグラスに注いだ。
「博識でいらっしゃるんですね。」
 グラスを掲げて上目遣いに男を見て、微笑みかけてみた。
 男は満足そうに笑うと、グラスを受け取って一口呑んだ。
「君はどうしてこの店に?」
 またずけずけ訊くなあ。呑み屋の従業員にそういうこと訊くなんてダメだろ。そんなんじゃ女にモテねえだろうなぁ。だから男ばっかの店に来てんのか。
「ハイ。今まではとある会社で営業をしていたんですが、損失を出してしまい、その穴埋めを自分のお金で払っていたら借金が膨らんでしまって…」
 うつむきがちに話す。口からでまかせもいいところだ。
「そんなの、君個人が損失補填するようなものじゃないだろう。」
「でも…俺のせいなんで…」
「まあでも、そのおかげで君に出会えたとも言えるがね。」
 男は嬉しそうに言いながら、グラスに酒を注いだ。
「君も呑みなさい。」
「ハイ。いただきます。」
 俺、ワインってすきじゃねえんだよなー。でも上目遣いで微笑みながら、一口呑んだ。
 それからはとりとめのない話をしながら、時々は若い奴らしい生意気なことを言って相手に説教させるスキを作ってやったりして、男が満足そうな顔をするまで持ち上げてやった。
 ったく、俺が、俺の手管で一体何年飯食ってきたと思ってんだよ。こういう店に常連になるほど通いつめるような男なんか、カンタンに転がせるっての。
「鈴蘭さん、そろそろお時間ですー。」
 部屋の外でウェイターが呼ぶ。この店は2時間定額料金だからな、もう2時間経ったのか。
「じゃあ、君、これを。」
 男はスーツのポケットから名刺入れを取り出すと、名刺を1枚俺に差し出した。
 株式会社ホースク・営業部長…って、ホースクって聞いたことあるぞ。
「ホースクって、子ども向け知育玩具の…?」
「ああ、よく知っているね。」
「テレビのコマーシャルを見たことあります。」
 やった!ウルダスの同業者じゃねえか。コイツは捕まえとかなきゃだな。
 素で嬉しくなって、俺は思わず名刺を胸に抱いて奴に微笑みかけた。
「可愛いね、君は。また指名するよ。」
「ありがとうございます!」
 おじぎをした瞬間、男は俺の肩を掴んで引き寄せた。あっと思ったときには、男は俺の左の首筋に唇を押し当ててきた。ヤバい!
「こっ…困ります!」
 慌てて身体を離そうとしたけど、あまり邪険にもできねえし…控えめに身体を押し戻そうとしてみた。男はやっと身体を離すと、ニヤッと笑った。
「あー、店の人に見られると困るよね。」
 この野郎、痕つけやがったな!
「ちゃんと衿で隠しておいた方がいいよ。」
 言いながら、男は立ち上がった。俺も慌てて立ち上がると、奴の後について、店の外まで見送った。

 待機室に戻ると、サツキがひとりで手持ちぶさたそうに椅子に座っていた。
「なんだ、テメー、まだ客についてねえのかよ。」
 声を掛けると、サツキは待ってましたとばかりに椅子から立ち上がって、俺に近付いてきた。
「どうでした?」
「ああ、さっきの客な、ホースクの営業部長だってさ。」
「えっ、ホースク?」
 サツキの顔がぱっと明るくなった。
「名刺ももらってきましたぁ〜♪」
 俺はさっきもらった名刺をサツキに見せた。
「また俺を指名するとか言ってたぜ。まあホントかどうかは分かんねえけど。」
「LOCK ONっすね!さすが如月先輩っす!」
 サツキは親指を立ててニッと笑った。と、急に不思議そうな顔になると、俺の首元を指さした。
「それ…どうしたんすか。あざみたくなってますけど。」
「ああ…」
 俺は手のひらで痕を隠した。
「目立つ?」
「ええ、ちょっと…」
「今の客にやられた。」
「え?って、それキスマーク…?」
 サツキの顔がぱっと赤くなった。あれ?案外純情?
「店にバレたらヤバくないっすか?」
「店には別にいいけど。それより…」
 頭の中に託弥の顔が浮かんだ。アイツ…絶対キレる…
「もしかして…彼女さんっすか?」
 サツキがさぐるような目で俺に訊いてきた。
「あ…?ああ、まあな。」
 彼女、ではないけど。男だし。
「やっぱし如月先輩は彼女さんいるんすね。かっこいいもんなぁ。」
「…どこがだよ…こんなガキみてえなツラなのに。」
「顔とかじゃないっすよ。なんかすげえ男っぽいじゃないすか。」
 …ほめられてんのか、何なのか、よく分かんねえんだけど…
「彼女さんって、どんな子なんすか?」
 サツキもぐいぐい訊いてくる。なんだかなぁ…
「んー…そうだな…」
 俺は託弥の顔を思い浮かべながら言った。
「俺のことをいちばん理解してくれようとしてくれる奴…かな。いつも傍にいてくれて…」
 言いながら、なんだか胸がぎゅっと苦しくなる。
「ま、いろいろ問題はあるんだけど。」
 男同士だし。仕事のこととかあるし。
「でも、俺の方がマジで惚れてるから…絶対離れる気はないな。」
「…愛し合ってるんすね。」
 サツキはぼうっとした顔でつぶやくように言った。
 あ…あいしあってるとか、うわ、なにコイツ、恥ずかしいこと言うなよなっ。思わず顔が熱くなる。
「そんなこと、もうどうだっていーだろっ。」
 俺はサツキから顔をそむけて、椅子に座ると煙草に火を点けた。

 そのあとは一度も客につくこともなく、閉店時間になった。
「椿くんは、今日は客につけなかったね。」
 マスターがサツキに言った。サツキは何かもごもご言いながらうつむいた。
「初日ですからね。明日からは、客がよければ俺のヘルプにつけますよ。」
 先輩の向日葵が助け舟を出してくれて、やっとサツキもほっとした顔になった。
「じゃあ、明日からまたよろしくお願いしますね。」
 マスターもそう言ってお開きになった。時刻は午前3時。


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