■ 7_May -the 4th mission ■ (4)


 奥の更衣室で着替えて、俺は急いで自分たちの部屋に帰った。
 店から部屋まで歩いて5分くらい。アイツ、まだ起きてるかな…。
 部屋のドアを開けると、まだ灯りはついていて、託弥はソファで枕を抱えてテレビを見ていた。
「おかえり、ひばり。」
 俺の姿を見ると、枕をソファに置いて近付いてくる。
「あ…ただいま。」
 俺は思わず、着ていたパーカーのフードで首元を隠した。
「なんか汗かいたから、先にシャワー浴びてくる。」
 いぶかしげな顔の託弥を背に、俺はまっすぐ風呂場に入って、すぐシャワーを勢いよく出した。風呂場の中に湯気が立ち込める。頭から湯をかぶって、身体のすみずみまで洗った。
 鏡で首元を見てみたら、やっぱりかなりくっきり痕が残っていた。これ、2〜3日消えねえぞ…。
 うんざりした気分で風呂場を出ると、託弥が着替えを用意してくれてあった。それを着て、首にはタオルを巻いて、俺は部屋に戻った。
 託弥は冷蔵庫の前で待っていて、
「何か食う?」
と訊いてきた。
「いや、いい…。何か飲みもの取って。」
 俺は首に巻いたタオルが落ちないように手で押さえながら、ソファに向かった。
「ひばり、髪拭いてねえのかよ。」
 託弥の声が後ろから追いかけてくる。
「雫がたれてんじゃねえか。」
 言いながら、首に巻いてたタオルをばっと取って、俺の頭を拭おうとした。その手が急に止まる。
「…何、これ…」
 首筋に付けられた痕。託弥の指先がそれを摘んだ。
「…っ…痛えよっ…」
「これ何だって訊いてんだよ。」
 親指の腹でごしごしこすってる。
「客にやられたんだよ。」
「…そんな店なのかよ。」
「そうじゃないけど…」
「そうなんじゃねえか!!」
 託弥は俺の肩を掴むと、ベッドに押し倒した。
「他に何されたんだよ。」
「何もされてねえよ。」
「…ホントかよ…」
「ホントだって!」
 俺もつい声が大きくなって、託弥の肩を押し戻した。でも託弥はキレた顔で、また俺をベッドに押さえつけた。そのまま、また首の痕をこすったり摘んだりしている。
「消えねえ…」
 泣きそうな声。でも次の瞬間、
「消えねえなら、俺が上書きしてやる。」
と言いながら、同じ場所に歯をたてた。
「痛えっ!なにしてん…」
 思わず叫ぶと、託弥は手のひらで俺の口を押さえた。そして唇を当てた場所をきつく吸った。
「…ん…んん…」
 声がもれてしまう。こんなことでも相手が託弥なら、ゾクゾクして身体がうずく…
「ひばり。」
 託弥は俺をぎゅうっと抱きしめた。
「俺、イヤだよ…ひばりが他の誰かにこんなことされんの…ひばりは、俺の…」
 つぶやくような小さい声。でも身体は昂っている。俺は託弥の背中に腕を回した。
「ひばり…」
 深いキス。胸がズキズキして苦しい。
 そのまま託弥は、いつもより激しく俺を抱いた。
 首についた痕を何度も唇で吸って、まるでちゃんと上書きできてるか確認するみたいに。

 ベッドの中で、託弥は俺の肩に顔を埋めて黙りこくっていた。
「まだすねてんのかよ。」
 俺は託弥の髪を指で梳きながら言った。
「すねてるわけじゃねえし。」
 ぴくりとも動かないで、託弥がつぶやく。はぁ…思わず溜息が出てしまった。
「あのなぁ、こんなの…」
「おまえはこんなのって言うけどっ。」
 託弥は顔を上げて俺をにらんだ。完全にヘソ曲げちまってんな。
 でも、そこでふと思い出した。さっき、店でサツキに言ったこと。…ああいうこと、託弥本人にはキチンと言ってなかったかもしれない。
 こんなに不安にさせて…ダメだな、俺。
 俺は託弥の頬に手のひらを当てて、自分の方をちゃんと向かせた。
「あのな…1回しか言わねえから、よーく聞いて覚えとけよ。」
 託弥はキョトンとした顔で俺を見る。俺は1回深呼吸をしてから、託弥の目をじっと見て言った。
「愛してるよ。」
 託弥が目を見開いた。
「どこで誰と何してたって、俺はテメーのものだよ。」
 言ってしまってから急に恥ずかしくなって、俺は目を伏せた。
「ったく、こんなこと言わせんなよな。言わなくたって分かってんだろーがよ。」
 ちらっと託弥を見ると、託弥も涙目になってうつむいている。
「だからさ、つまんねえ嫉妬とかすんなよな。」
 託弥の額に自分の額をこつん、と当てて言うと、託弥は、うん、とうなずいた。
「テメーだってさ、どこにいたって何してたって俺のものなんだからな。」
 手のひらを託弥の髪に差し込んで、そっと頭をなでながら、
「絶対離さねえからな。忘れんなよ。」
 そう言うと、託弥は何度もうなずいて、ぎゅっと俺にしがみついた。

 午後。姫から電話が来た。
「昨日のことは皐月から聞いたわ。今後どうするか相談しましょ。」
 姫はさくさくと、
「水無月も連れてきて、地下の会議室で、皐月と3人で作戦会議して。」
「今から?」
 まだ明るいんだけど…俺たち、会社に行って大丈夫なのか?
「ちゃんとスーツ着てきてよ。受付の女の子のとこ通って。あとは階段で地下に下りてね。会議室、開けとくわ。」
「夜になってからの方がいいんじゃねえの?」
「だって、今日も店に出るんでしょ、鈴蘭さん?」
 サツキの奴、どこまで姫に話してあるんだ?俺は隣に座ってる託弥をちらっと見た。
「さすがね、如月。アンタの手管はホント使えるわ。」
「でももう、男と寝る気はねえから。」
 そう言うと、託弥が驚いた顔で俺を見た。
 結局、姫もそれが目当てで俺を雇ってんだろうけど、でも、昨日みたいなことになるのはもうイヤだ。
 姫はふふん、と鼻で笑うと、
「あら、そう。水無月のせいで失業ね。」
と言った。
 …この女、言わなくていいことまで言いやがったな…俺は思わずカッとなった。
「そういうことじゃねえよ。俺は、」
「わかったわかった。」
 絶対分かってねえだろ!怒りで携帯を持つ手が震える。
「別に、また寝てこいなんて言ってないわよ。ただ、やっぱしアンタは男をたらしこむのが上手よね、って言っただけよ。」
「テメーには…」
 震えそうになるのを抑えようとすると、声が低くなる。
「俺のことは絶対分かんねえよ。」
 俺を見ている託弥の顔が呆然となった。
「…アンタ、どうしちゃったの?」
 姫は少しうろたえたような声を出した。
「別に。もう切るぜ。」
 俺は思いっきり通話終了ボタンを押して、携帯を床に放り投げた。
「ひばり?」
 託弥が不安そうに俺を見た。俺ものろのろと託弥を見たけど、ヤバい、目の裏が熱い。
 別に、他人に自分のことを分かってもらおうなんて思ってないし、今までは何を言われても全然平気だった。でも、今までやってきたことを、俺がスキでやってきたことだと思われるのも心外だ。
 託弥と一緒にいるために、それを全部捨てたって、俺はちっとも構わないのに。
「なんでもねえ。」
 俺はそのままカウンターに行って、水を飲んだ。
 お揃いのカップ。小さなサボテン。冷蔵庫にはふたり分の食料。洗濯した靴下が2足並んでる。
 そんな小さなことが…失われるのが怖い。今までこんな気持ち、知らなかったのに。
 託弥は困ったような顔で、どう声を掛けたらいいのか分からないみたいに立ちつくしてる。
「今からふたりで来いってさ。」
 俺はカップをシンクの中に置きながら言った。
「スーツ、出してくれ。」
 仕事は仕事だからな。

 素肌に、クリーニングから戻ったばかりの白いワイシャツ。ストレートのズボンに、ベルトを締める。ネクタイはきっちりと。5つボタンのベストのボタンを全部留める。上着を着て、ボタンは上ふたつだけ。俺と託弥の『制服』。
 託弥が手櫛で俺の髪を整える。
「今日も…かっこいいな。三つ揃えが似合うんだよ、ひばりは。」
 照れくさそうに微笑ってる。胸がぎゅっと掴まれたように苦しい。抑えていないと、何かとんでもないことを叫び出しそうな気がする。
 託弥は自分も着替えると、ノーパソとボールペンと自分の携帯をかばんに入れて、床に落ちたままになっていた俺の携帯を拾って、俺に手渡した。
「姫に…何言われたのか分かんないけど…」
 きゅっと俺の手を握って、
「俺は、ひばりがひばりのままでいてくれたら、それだけで…」
 言い終わらないうちに、俺はもうたまらなくなって、託弥を抱きしめた。
「…ひばり?」
 口を開いたら何を言い出すか、自分でも分からない。俺は唇を託弥の唇に押し当てて、深くキスした。


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