■ 9_August -the last mission ■ (4)
やっと自由に動けるようになって、俺たちは倉庫の中を見て回った。
天井から下がってるのは裸電球ひとつ。すみっこにスチール棚がひとつ。その棚の中に、多分この倉庫がまだ普通に使われてたときのものらしいカーテンが丸まって入っていた。あとはパイプ椅子がひとつ。他は、輪ゴムだのネジだの伝票の切れ端だの、そんなもの。
出入口のドアはひとつ。鉄製の重いドアだ。さっき重浦は外側に南京錠を使ってた。内側からは開けられないだろう。
と、すると窓…。ガラス窓に、外側から板が打ち付けられている。
「これ、ぶち破るしかねえな。」
俺はまずガラス窓を開けてみた。これは普通のクレセント錠だから何も問題ない。その外側の板だけど…真ん中辺りを押してみるとべこべこしている。これ…コンパネじゃなくて、ただのベニヤ板だ…。
「ひばり、これ。」
託弥がさっき見つけたカーテンを1枚、俺に差し出した。
「さすがに裸じゃ外に出らんねえだろ。通報されちまうよ。」
託弥はカーテンを腰にぐるぐる巻きにしている。
「…ま、しょーがねえよな。」
ヘンな花柄のカーテンだけどな。俺は苦笑しながらカーテンを腰に巻いた。
「ここ、押してみ?これベニヤなんだよ。多分、破れると思う。」
俺はパイプ椅子を持ってくると、力任せにベニヤ板にぶち当てた。板の端の方、釘で打ち付けてある辺りから、メリッと音がした。
椅子を窓の正面に置いて、その上に乗る。
「椅子、動かねえように押さえてろよ。」
託弥に言って、俺は椅子の上から板を足の裏で思いっきり蹴った。板がきしむ。
もう1回。靴がないから足の裏が痛い。でもそんなこと言ってらんない。
「ひばり、交代。」
今度は託弥が椅子に乗って板を蹴った。…へなちょこキック…よろけてるし。コイツ、ホント実戦に向いてない。
「いいよ、俺がやるから。」
託弥は申し訳なさそうに椅子から下りた。そんなとこも…俺には可愛くてしょうがないんだけどな。
次はこぶしでたたいてみた。だんだん板がゆるんできてる。
「もう1回、椅子でやってみよう。」
椅子を振り上げて板にぶつける。と、板の右上が少し割れた。俺は窓枠に上って、身体でぎゅうぎゅう押してみた。板の上半分が割れて、窓の外に落ちた。
「テメーはここで待ってろ。俺が先に外を見てみるから。」
俺は開いた板に手を掛けてよじ登って、隙間から外に出てみた。
隣の建物との境に、人ひとり歩けるくらいの空間がある。周囲は呑み屋ばかりだけど、もう明け方近いのか、人通りはほとんどない。
外から窓の板に手を掛けて、思いっきり引っ張って剥がした。窓のほとんどがあらわになる。
「出て来い!」
俺は窓の中に手を伸ばした。託弥が俺の手を掴む。引っ張り出すと、託弥はちょっと息を弾ませて、ぎゅうっと俺の手を握った。
「ここから…どうする?」
「ウルダスまで行く。」
託弥は絶句して俺を見た。
「サツキに荷物まとめとくように頼んどいた。」
昨日の朝、姫のオフィスで姫やサツキと話したとき、サツキには話しておいてあった。下手したら俺も拉致られるかもしれない。でも必ず抜け出してくるから、俺たちの荷物をまとめて、会社の外で待っていてほしいって。
「託弥。」
俺は託弥の手をぎゅっと握り返した。
「俺と…一緒に来れるか。」
託弥がじっと俺を見つめてる。
「当たり前だろ…」
「じゃ、決まりだな。」
ここから会社まで歩いて15分くらい。人目につかないように、何とかたどり着かなくては。
建物の陰に隠れながら、だんだん会社の建物に近付いていく。
会社のビルの近くまで行くと、ビルの隣の駐車場の入口にサツキが立ってるのが見えた。
「サツキ…」
託弥が思わず声をもらした。
「サツキのとこまでダッシュな。」
俺はそう言って駆け出した。あー足が痛え。でもあと少し。
サツキは俺たちに気付くと、キョロキョロ辺りを見回してから、大きく手招きした。
駐車場に入ると、サツキは、停めてあったコンパクトカーの後部座席のドアを開けて、俺たちを押し込んだ。そして自分は運転席に座ると、建物の隙間に車を後ろ向きに停め直した。これなら、車と建物の陰になって、道路からは見えない。
サツキは運転席から俺たちを振り返ると、
「ご無事で…」
と泣きそうな声で言った。
「あちこち痛えけどな。」
「…水無月さんも大丈夫ですか。」
「俺は何ともないけど…俺のせいで迷惑掛けてごめんな。」
託弥はうつむいている。
「テメーのせいじゃねえだろ。いいんだよ、そんなこと、どうだって。」
俺は託弥の手をまた握った。
「ひばりをこんな酷い目に遭わせて…」
「俺は、託弥のためだったら何だってするんだよ。」
託弥は俺をぼうっと見ていたけど、急にハッとなって、サツキに目をやった。サツキも、ちょっと困ったような顔で俺たちを見ていた。
「それより、まず服を着なきゃ。いくら8月だってこれはねえよ。」
俺は腰に巻いたカーテンをスカートみたいにぴらっとめくった。サツキは驚いた顔になって、でもすぐくすくす笑った。
車の外に出ると、サツキはトランクを開けて、スーツケースをふたつ出した。トランクの扉がちょうど目隠しになって、道路側からは完全に俺たちの姿は見えなくなる。
「それと、部屋に出てたものはこっちに入れときました。」
助手席から紙袋を出して、俺に差し出す。中を見ると、マグカップがふたつ。靴下が2足。サボテンの鉢も入っていた。
「テメー気が利くなあ。偉い偉い。」
俺が笑いかけると、サツキはホッとした顔でうなずいた。
俺たちはそれぞれのスーツケースを開けると、手早く身支度をした。
「荷物になるから、スーツケースひとつにまとめようぜ。」
託弥はうなずくと、最低限の着替えと貴重品類だけスーツケースから抜き出した。俺はその空いた部分に不要なものを詰め込んで、自分のスーツケースの空いた部分に託弥の物を入れた。
「如月先輩、これ…」
置いてく方のスーツケースに俺の印鑑や通帳を放り込んだのを見て、サツキは慌てた声を上げた。
「それ、要らねえ。処分してくれ。」
「印鑑もですか?」
「自分の本名のじゃねえし。まあ、通帳も大した金額は入ってねえけどな。」
託弥が俺の顔をじっと見た。
「もう、偽名使って生活してく気はねえから。」
そう言うと、託弥はこくんとうなずいた。
サツキは俺たちをぼんやりと眺めていたけど、やっぱり同じようにこくりとうなずいた。
「それから、これ…」
あらかた荷物を片付けると、サツキはスーツの内ポケットから茶封筒を取り出した。
「何?」
受け取ると、妙にぶ厚い。
「姫から、退職金です。」
ちらっと中を見ると、札がみっしり入ってる。
「ふたり分、現金で500万入ってます。」
「…ごひゃ…」
託弥がすっとんきょうな声を上げた。
「当面の生活費に充ててください。それとこれ。」
サツキはまた封筒を取り出した。
「今の時間からいちばん近い、高速バスの乗車券です。あと…」
腕時計を見て、
「15分くらいで出発します。バス停はそこの交差点の先になります。」
何から何まで、段取りいいな…
「これ、俺と姫の携帯番号です。何かあったら…」
「ありがとな、サツキ。」
俺はメモを受け取りながらサツキに頭を下げた。
「姫のこと、頼むな。アイツ、あんなだけど、半分は強がりだから。」
「…分かってます。」
「サツキ。」
託弥もサツキに頭を下げた。
「後のこと、面倒掛けるけど…」
「大丈夫です。」
サツキはキッパリ言い切った。
「俺と姫でなんとかします。それより、もう行った方がいいです。」
「そうだな。」
俺はスーツケースを持ち上げて、道路まで出た。
「どこまで行くか、途中でバスを降りるかもしれないけど、いつか落ち着いたら連絡するよ。」
サツキはうなずいて、
「お気をつけて。」
と、俺たちに笑顔を向けた。
スーツケースをがらがら押しながら、交差点まで歩いた。確かに、その先にバス停があって、大型バスが停まっていた。
「あれかな…」
託弥がつぶやく。交差点で信号待ちになった。
「ひばり、荷物、俺が持つよ。」
託弥はスーツケースを自分の横に置いた。俺たちはふたり並んで立っている。
ふと、俺の右手に、託弥の左の手のひらがすべり込んできた。俺はその手をきゅっと握った。
隣に、託弥がいる。これからずっと、ずっと一緒にいる。
俺は託弥を見上げた。それに気付いて、託弥も俺を見る。そのまま、無言のまま、顔が近付いてきた。そっと目を閉じると、唇が触れた。
信号が変わった。
この先ずっと、ふたりで生きていく。とっくにそう決めていた。今が、その出発なんだ。
薄く光る朝陽の中で、俺はもう一度、託弥の手をきゅっと握った。
the last mission was completed ......and
a little continue;