■ the first session ■ (1)
笑わない奴だな、と思った。
愛想がないわけではないんだろうけど、必要以上に他人と関わることを、意識的に避けてきたんだろうな、と感じた。
初対面の相手に対してだけでなく、毎日顔を突き合わせているだろう上司や同僚にも親しく声を掛けたりしない。
じっと見つめると目を逸らされる。興味ないだけかもしれないけど、仕事でここに来てるんだろうが。
初めて会ったときの里崎裕真(さとざき ゆうま)は、そんな奴だった。
「今回の再開発に関して、地元商店会のみなさんの忌憚のないご意見を伺いたいと思いまして、こういった席を設けさせていただいた次第ですが…」
市の担当者は3人。上司1人とその部下2人といった感じの組み合わせだ。こっちも3人だから、話がしやすくていいかもしれない。
「改めまして、自己紹介させていただきます。私は…」
上司から順に名乗り、3人め。
「里崎と申します。若輩者ですがよろしくお願いします。」
頭を下げた拍子にめがねがわずかにずれた。それを指1本で押し戻し、にこりともせずに口元は引き結んでいる。
「わざわざお運びいただき恐れ入ります。私は商店会長の入山、こちらは青年部部長の小林と、相談役の江利です。」
会長は少し緊張した声で俺たちを紹介した。小林さんが頭を下げ、俺もそれに倣う。
「失礼ですが、相談役というのは…?」
向こうの上司が訝しげに俺を見る。こんな、ちゃんとした会合だなんて聞いてなかったからまるっきり普段着だし、そもそもアラサーの普段着としてはチャラいと周囲から言われている服装の俺だ。不審に思われても仕方ないか。
「地元商店会はご存知のとおり、店主の高齢化や商業地域の郊外化など様々な要因が重なって、現在、若者の足があまり向かない状況にあります。そこで、地元と若者の間を取り持つというか…お互いを理解し合えるような環境を作るためのお手伝いをしているわけです。」
俺は、なるべくチャラチャラして見えないよう背筋を伸ばして、努めて落ち着いた口調で話した。それが効を奏したのか、向こうの上司は、ほう、とうなづくと、
「では、ぜひ様々な世代からのご意見をお聞かせ願いたいのですが…」
と笑顔を見せた。俺も思わず笑みを返した、けど、正面に座っている里崎は表情筋が動かないのかと思うほど、硬い表情のままだ。
そこに、料理と酒が運ばれてきた。今回の会合は、商店会のことを知ってもらいたいという意図もあって、地元の店で行われていた。1階は鮮魚店、2階が宴会場になっている、古くからある店だ。
うまい料理と酒で、みんなの雰囲気も和やかになる。俺も、再開発に関する自分の考えを当たり障りない程度に話した。
ビールで喉を潤し、ふと見ると、正面の里崎はむっすりしたまま刺身を口に運んでいた。上司や商店会長が熱心に話しているのに、顔も向けない。
こうまで興味なさげにされると、逆に気になってしまう。
俺は、半分ほどビールの残ったままの里崎のグラスにビールを注いだ。
「おいしくない?刺身。」
里崎は、ちらっと目を上げて、
「おいしいですよ。」
と、妙にハキハキと言った。
「なんか、あまり口に合わなかったかなって。」
俺もビールに口を付けながら言う。
「お気遣いどうも。おいしくいただいてますから。」
「なんか怒ってる?」
「…は?」
まぐろの赤身を箸に挟んだまま、里崎は意外そうに俺を見た。
「別に、そんなことありませんけど。」
「じゃあ、この会合に興味ない?」
「…なにが言いたいんですか?」
里崎はまぐろを皿に戻して、箸をパチンと置いた。
「だって、つまんなそうじゃん。」
「つまるもつまらないもないでしょう。仕事で来てるんです。自腹で。」
自腹、のところを強調して、里崎は俺を見返した。
「経費とかないの、市役所って。」
「こういうのは経費じゃないんです。」
「そんならさ、」
俺はテーブル越しに、里崎の方へ身を乗り出した。里崎はギョッとしたように後ずさった。
「逃げんなよ。」
「なんなんですか、さっきとは随分違う…」
「あんたには堅苦しく話さなくていいでしょ。」
俺の言葉に、里崎は目をすがめて、
「俺もナメられたもんですね。」
と、吐き捨てるように言った。
「そーじゃねえよ、腹割って話そうって言ってんの。」
俺は自分のグラスを、置いたままの里崎のグラスにカチンと当てて、ハイ、乾杯、と唱えてからビールを呑み干した。
「なあ、上司のひとじゃなくてさ、あんたと話したいと思ったんだよ。市役所のひとの中でいっちゃん若いじゃん。」
顎をしゃくって、おまえも呑め、と合図すると、里崎は小さく溜息を吐いて、ビールを一気にあおった。
「何歳?」
「24です。」
「じゃあ俺と5歳違いか。」
「江利さん、29ですか。」
眉を寄せて俺を凝視する里崎に、
「なんで?29には見えない?」
とおどけてみせると、里崎はこっくりうなづいて、それから小さく首を傾げ、
「あ、でも、商店会の相談役なんだもんな。」
とひとりごちた。
「相談役ってのはさ、なんか肩書きが必要だっていうからそう言ってるだけ。実際は使いっぱだよ。」
里崎と自分のグラスにまたビールを注ぐ。
「だって、青年部の小林さんだって40後半だよ?40後半って青年なのかよって話でさ。」
もう一度グラスを合わせて、半分くらい呑んだ。里崎も、俺に同調するように呑み始める。
「ま、それが高齢化とかそういうことなんでしょ。」
さっき皿に戻したまぐろを里崎は口に運んだ。
「そーいうこと。なあ、あんたはどう思う?再開発ってもさ、市役所とかデベロッパーの言うこと鵜呑みにしないで、地元の意見をどんどん言おうと思って、俺は今日、来たわけ。」
まぐろをもごもご咀嚼しながら、里崎はグラスに手を伸ばす。すかさずビールを注ぎ足す。
「なにか、こうしてほしいとかあるんですか。」
グラスを手に、里崎は俺をじっと見た。その黒目がちな瞳に、一瞬ドキッとしてしまう。
…可愛い顔してるんだよ…24の男に言うことじゃないけど。
思わず小さく苦笑を洩らして、でも気を取り直して、俺は里崎に向かって、自分が生まれ育ったこの町を大きく変貌させることなく新しく変えていける手立てはないのか、俺たちはなにをしたらいいのか、熱く語り始めた。