■ the first session ■ (2)


「…あの…江利さん…これはどういう…」
 里崎の上司の困惑顔に、俺はどう返したらいいのか…
 話しながらグラスが空くと即注ぎ足しを繰り返していたら、いつの間にか里崎は壁にもたれて頭をがくがくさせ始めていた。
「えっと、すいません、呑ませ過ぎたかも…」
 歯切れ悪く言い訳をする俺に、こちらもすっかりいいご機嫌の商店会長が、
「いーだねーか、よっちゃん、泊めてやれや。こっからすぐだし、部屋余ってんだろ。」
と口を突っ込んできた。訝しげな上司に、
「あ、俺んち、下宿屋というかシェアハウスというか、やってるんで。」
と説明する。上司は、あぁ…とうなづきつつも、ご迷惑では?と訊いてきた。
「大丈夫ですよ、ホントに部屋は余ってるんです。」
 もう、ひとりでは立つこともできない様子の里崎を、俺はなんなく負ぶった。当の本人は口元をむにゃむにゃさせて、完全に脱力している。
 タクシーを呼ぶと言う上司の提案は、すぐ近所だし、車が入ってこれない道なのでと辞退し、商店会長の、気を付けてなーと言う声を背に、俺は帰途についた。

 いくら近所とは言え、ぐんにゃりした成人男子を背負って歩くのはなかなかに難儀だった。
 家に着くと、ガタガタした物音に、下宿人が自室から顔を覗かせる。
「おかえりッす…つか、お持ち帰りすか。」
 笑いを含んだ声で言われ、思わずムッとしてしまう。
「んなわけねえだろ。潰しちまったから今日だけ泊めんだよ。」
 けんけんと言い返すと、
「あはは、お疲れッす。」
 ヤツは半笑いの声を残して、自室に引っ込んでしまった。ったく、手伝えよ…
 俺は里崎を負ぶい直して、空き部屋になっている、俺の隣の部屋に入った。とりあえず壁に寄り掛けて座らせ、布団を持ってきて敷く。寒い時季ではないけど、酔っ払いは暑がって布団を剥ぐから、柔らかい毛布も2枚用意した。
 布団の準備が調い、里崎を振り返ると、奴は完全にこのまま寝る体勢だ。
 俺はその正面にしゃがんで、肩をぽんぽんたたきながら、おーい、と声を掛けた。里崎は小さく唸りながら、ゆっくり目を開けた。
「大丈夫か?気持ち悪いとかない?」
「あぁ〜〜江利さん〜〜?」
 里崎は安心したような、ふにゃふにゃな笑顔を俺に向けると、そのまま腕を広げて抱きついてきた。そして俺の胸に顔を埋めて、額をぐりぐりこすりつけてくる。猫か。
「なあ、寝るならスーツの上着脱いどけよ。あと、めがねも。」
 身体がぐらぐらしてるから抱きとめるしかなくて、結果、里崎と俺は抱き合っているような格好になってしまっている。仕方なく背中をとんとんたたくと、里崎は俺の腕の中で顔を上げ、上目遣いに俺をじっと見た。
「さっき、誰かに、お持ち帰りとか言われてなかった?」
「…聞こえてたのかよ…」
「しょっちゅうお持ち帰りしてんの?男でも女でも?」
 ふふっと笑んだ口元で、里崎はからかうように言った。
「してねえよ。男も女も。」
 溜息混じりに言うと、里崎はふと真顔になって、
「男も?」
と首を傾げた。
「ああ、俺、そーいうの男女関係ねえ奴だから。」
「…そうなんだ…」
「それより、上着とめがね!」
 俺はまずめがねを外させて、踏みつけないように壁際に置いた。それから上着を脱がせて、あ、ネクタイもか、と気付く。
 ネクタイの結び目に指を入れて解いていると、されるがままでいる里崎が小さな声で言うのが聞こえた。
「でもさ…男でも女でもいいなら、女にしときなよ。男相手だと、後々面倒くせえことになるかもよ?」
 思わず目をやると、里崎はなにか思い出しているのか、つまらなそうな顔になって口を尖らせていた。
「そんなの、どっちだって同じだよ。」
 もしかしてだけど、こいつ…ふと頭をかすめたことを、自分勝手な想像だと瞬時に打ち消す。
 ネクタイを解いて、ワイシャツのボタンを上からふたつ開けた。色の白い喉元が見えて、…妙な色気を感じて、思わずつばを呑み込む。
 ホントはズボンも脱がせた方がいいのかもしれないけど、いや、やっぱりやめておこう。
 ずるずると引きずるように里崎を布団に入れ、上着とネクタイをハンガーに掛けていると、もう寝息が聞こえてきた。
 静かに灯りを消して、俺は部屋を出た。


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