■ the second session ■ (1)
まぶたの裏が明るくて、その違和感で目が覚めた。
最初に目に入ったのは見知らぬ天井。それから頭の向いた先の壁は腰高窓に障子が挟まっていて、そこから光が射し込んでいるのだった。
…どこだ?ここは…
半身を起こして周りを見回す。砂壁。畳。障子。布団。ぼんやりした視界に映るものは、まるで古い祖母の家のようだった。
手探りすると壁際に、つるをたたんでめがねが置かれていた。それを装着して、改めて部屋の中を見る。スーツの上着とネクタイはハンガーに掛けて鴨居に吊るしてある。家具らしい家具はなにもない。
着ているものに乱れた感じはない。…多分、大丈夫。
身支度をして布団を軽くたたみ、部屋を出る。ドアの先は廊下になっている縁側…ホントに祖母の家にそっくりだ。築50年くらいの日本家屋…掃き出し窓からのぞける庭は特に整えられているというほどではなく、物干し場や自転車置場として使っているようだ。
と、少し離れた部屋から食器の音が聞こえてきた。同時にコーヒーの香りも。
少し躊躇したが、そちらに足を向けてみる。
そこはダイニングキッチンで、男がテーブルでインスタントコーヒーを淹れているところだった。ゆるくウェーブした、肩まで伸びた髪。アロハシャツみたいな派手な柄の半袖シャツの下には、長袖の黒いTシャツ、細身のジーンズ。調子外れな鼻歌を歌って、ご機嫌だな。
…確か…江利佳哉(えり よしや)。昨日、再開発計画に関する地元商店会との会合で会った、商店会の…んん??
会合…途中から記憶がぶっ飛んでる。ここって、江利ってひとの家なんだよな、きっと。なんで俺、ここに泊まったんだっけ…?
DKの入口から中をのぞき込んでいた俺に、江利さんははた、と振り返って、
「うおぉ、びっくりしたあ。おはよ。コーヒー飲む?」
と笑い掛けてきた。
「はぁ…」
DKの中はほこほこと温かく、俺は勧められるまま椅子に腰を下ろした。
「二日酔いしてない?」
カップを俺の前に置くと、江利さんも隣の椅子に座る。
「大丈夫です。」
「若さかな〜、昨夜はあんなにへろへろだったのに。」
江利さんはカップを両手で包むように持って、ふうふう息を吹き掛けながら、俺をちらっと見た。
「覚えてる?昨日のこと。」
「…覚えてる…とこと、覚えてないとこと、混ざってるっていうか…」
俺もカップに口を付ける。コーヒーの熱さが、喉から食道まで届くのを感じた。
「俺のこと、分かる?」
「商店会の江利さんですよね?ここは、江利さんの家…?」
「うん。」
そのわりに、家族の気配のようなものがない。もしかしてひとり暮らし?この、古い大きな家で?
「ウチね、下宿屋なんだよ。シェアハウスっていう方が近いかな。間貸ししてて、昨夜帰ってきたとき声掛けてきたのもそのひとり。」
ああ、それなら納得だ。食器棚の不揃いな食器も、どこか雑然としたテーブルの上も。…昨夜声掛けてきた、っていうひとは分からないけど。
つと首を傾げた俺に、江利さんは楽しそうに笑った。
「誰かと、こうやってゆっくりコーヒー飲むとか、久しぶり過ぎて嬉しいな。」
その笑顔はまっすぐ俺に向けられる。
「なあ、里崎くんって呼びづらいから、サトって呼んでもいい?」
そして突然の呼び名付け。距離の縮め方が急過ぎる。でもイヤじゃない。
「いいですけど…」
ためらいがちに言った俺に、江利さんはまた嬉しそうに笑うと、
「いつでも遊びに来ていいからな。待ってる。」
と言って、コーヒーを飲み干した。
「今日、仕事休みだろ。ゆっくりしてって。あ、あとで俺の仕事場も案内するから。」
仕事って、この家の大家じゃないのか?目をしぱたたせた俺に、江利さんはまた笑顔を見せた。