■ the third session ■ (2)


 それから、週に1回くらいの割りで、里崎は顔を見せるようになった。
 夕方5時過ぎにメールが来て、6時には家にやってくる。俺も夕飯を作って、ときにはビールを用意して、ふたりで食事をする。
 以前いた下宿人が引っ越してしまって、家での話し相手がほぼいなかった俺にとって、里崎と夕飯を食べるのは楽しみのひとつになっていった。
 酔って遠慮をなくし、泊まっていくことさえあったけど、俺はそれも楽しいハプニング程度に思っていた。
 ただ、こんなに会うようになっても、里崎は自分のことはほとんど話さなかった。
 さらにそれより気になるのは、家に来てても、突然のメールを受けて急に帰ってしまうことが何度かあったことだった。
「…すみません、せっかく飯も用意してくれたのに…」
 申し訳なさそうに言ってはいるが、メールに気もそぞろになっているのが見て取れて、正直、あまりいい気持ちはしない。
 それでも、
「いいよ。また来いよな。」
と笑い掛けると、里崎はぺこぺこおじぎしながら家を後にした。
 …もっと里崎のことが知りたい。そんなふうに思ってしまうと、それを抑えておくことはできなかった。
 次に里崎が来た金曜日の夜、俺は夕飯と缶ビールを用意して、さりげない世間話のように切り出した。
「あのさ、サトって、どの辺に住んでんの?」
 唐突な俺の質問に、里崎はここから車で1時間ほど離れた山村地域の地名を言った。
「そりゃ、毎日仕事に通うのに大変だな。」
「そこは実家ですよ。」
 ビールの缶をテーブルに置きながら里崎は言った。
「じゃあ、今は市内でひとり暮らし?」
「…まあ、そんな感じですね。」
 なんだか歯切れが悪い。首を傾げた俺に、里崎は小さく溜息を吐いて、
「一応アパートは借りてるけど、荷物置き場だから、あんまり…帰らなくても問題ないっていうか。」
 ちょっと意味が解からない。
「…あー、だから、夜は、ホラ…他のとこに泊まったりするし。」
 眉を寄せて、伏し目がちになる顔が、ちょっと歪んだ。
「他のとこって?」
 だからもうちょっと困らせてやる。
「…分かってて言ってます?悪趣味…」
 上目遣いににらんでくる顔は…やっぱりどうしようもなく好みだと認めざるを得ないな。
「カノジョ?」
 これは駄目押しだ。わざとからかう口調で言うと、里崎は、はあっ、と大げさに溜息を吐いた。
「あのさ、江利さん、俺が女ダメっていうの気付いてるんでしょ?」
「うん、そうかなとは思ったけど、ハッキリとサトの口から聞いたわけじゃないし。」
「いちいちそんなこと言って回らないだろ。」
 機嫌悪くそう言うと、里崎は缶ビールをあおった。
「今日は?予定あんの?」
 俺もビールの缶を手にする。けど、口には運ばず、手の中でべこべこと押したり戻したりしていた。
「…ないですけど。今んとこは。」
「彼氏から呼び出し来るかも?」
「彼氏なんていねえし。」
 え?と訊き返した俺に、里崎は少し赤らんだ目元で、怒ったように言った。
「だから、彼氏じゃないんだって。その時どきで。」
 …この間の男も、そういうことだったのか。まあ、泊まるんだから、そういう関係を持つんだろうけど。思わず微妙な顔になってしまう俺の態度が気に入らなかったのか、里崎はビールの缶を音を立ててテーブルに置くと、もう一度俺をにらみ付けた。
「あんたには分かんないかもしんないけどさ、男同士で恋愛してうまくいくのって、そうそうないから。」
「そんなの、男女でも同じだろ。」
「違うよ。そもそも、男は男を恋愛対象として見ないだろ、ゲイじゃない限りさ。」
 呆れたような口調で、里崎はまくし立てた。
「あっ、俺はそんなことないとか言うなよ。あんたはバイなんだから、一般の男とは出発点が違うんだからな。」
 黙って聞いていた方がよさそうだと判断して、俺は口を挟まず、里崎の喋りたいように喋ってもらうことにする。
「市場規模が小さいんだよ、元々。んで、さらにその中でちゃんと付き合えるなんてなかなかないんだからな。」
 …市場規模って…
「そりゃ、中にはそういう奴らもいるよ。けどそれってすっごくラッキーなことなんだよ。俺だってさ、いいなって思う奴はいたけど、そんな、付き合うとか…」
 ここで里崎は自嘲気味に嗤って、
「つまんねえらしいよ、俺。一晩相手にするだけならいいけどって。」
「そんなこと言う奴と付き合わなくてよかったよ。」
 なんだか気分が悪くなって、俺は椅子を立った。つられて里崎も顔を上げる。ちょっと虚を突かれたみたいな、きょとんとした顔になっていた。
 なんでそんな言い方するんだよ。…いや、きっと今まで、イヤな思いをたくさんしてきたんだろうけど。でも、だからって、自分の境遇を下げるような物言いはどうかと思う。
「で、今日はどうすんの。」
 俺の言葉に、里崎はきゅっと口元を結ぶと、少しためらった後、小さな声で、
「部屋って、まだ空いてるんですか。」
と、伺うように言った。
「泊まってってもいいけどさ、そんならおまえ、ここに住んだら?」
 ふたり分のビールの缶を片付けながら、俺は言った。
「そんな生活してるんじゃ、飯だってろくなもん食ってないんだろ。ここなら飯も出すし、市役所にも近いし。」
 …それに、なんか放っとけないし。とは言わないけど。
 流しでビールの缶をゆすいで振り返ると、里崎はびっくりした顔で俺を見つめていた。
「その代わり!ちゃんと毎日帰って来い。朝飯も、一緒にここで食うんだよ。」
 びっ、と指差して言うと、里崎は困惑した顔で、それでも小さくうなづいた。
「…それ以上の干渉はしないから。」
 一応、付け足す。本当はもっと、言いたいことはいろいろあるけどな。
「家賃とか詳しいことは明日の朝話すから。もう寝ろ。俺も寝る。」
 言いながらDKを出て灯りを落とすと、里崎もあとをついてきて、いつも泊まる俺の隣の部屋に入っていった。

 翌朝、家賃や設備の使い方などを説明すると、里崎はまだちょっと困惑した様子で、
「本当にいいんですか?」
と訊いてきた。
「大家の俺がいいっつってんだからいいんだよ。こないだひとり出てっちゃったから、今は俺と、2階にひとりいるだけだし。」
「2階?」
 里崎は視線を天井に向けた。そのしぐさが可愛くて、つい口元が笑ってしまう。
「2階は女の子のスペースなの。基本的には俺も出入しない。」
「女の子もいるんだ…」
「時間が合えば飯も一緒にできるんだけど。県外から来てる大学院生で、バイトと学校で忙しいって、ほとんど合わないんだよな。」
 本人の地元の県庁に専門職としての就職も決まってるから、ここにいるのもあとわずかだけどな、と言うと、里崎はちょっとホッとした顔になった。
「サトさ、女の子と話したりすんのもダメなの。」
「いや、恋愛感情が持てないってだけで。友達もいますし。」
 ただ、気持ちを向けられて面倒な思いをしたことがあって、と、ぼそぼそと言う里崎に、
「そんな心配、要らないから。自意識過剰なんじゃねえの?」
 笑い飛ばすと、里崎は一瞬ムッとした顔をして、でもすぐ小さく笑うと、
「大家といえば親も同然、店子といえば子も同然、って、落語でも言われてますからね。よろしくお願いします。」
と、なんだか不思議なあいさつをして頭を下げた。



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