□ in early days / HIBARI age18 □ (1)
その客は、自分の職業を塾の講師だと言った。
短く整えた髪に、細いフレームの眼鏡。値段はそこそこだろう、すっきりと清潔感のある、だけど地味なスーツが、その雰囲気に似合っていた。
そいつは自分の名は芹澤だと名乗った。
初めて会ったとき、芹澤は俺の姿を見て一瞬声を失い、でもすぐ取り繕うように微笑った。
「亮くん…って呼べばいいのかな?」
「そうですね…それでいいですよ。」
薄暗いホテルの部屋で、俺はコートを脱ぎながら言った。
「で、どうします?」
コートをソファに放って、俺はベッドの縁に腰を下ろした。
「イメクラじゃねえけど…なんかやってみたいシチュエーションとか、あれば言ってもらった方が俺もやりやすいんで。」
これはいつも客に言っていることだ。そして、それに完璧に合わせてやれる自信もある。
「…そう…そうだね…」
芹澤はきょときょとと視線を泳がせた。
「じゃあ…先生と生徒とか…」
まんまじゃねえか。ま、実際に塾の生徒に手を出したりできねえもんな。例え、頭の中で妄想していたとしても。
「いいですよ。それでいきましょう。」
小さく笑顔を見せて、俺は芹澤を見上げて言った。
「…先生…個人授業してくれるって言って、なんでホテルなんですか…?」
「ただいま。」
重浦のアパートに戻ると、奴は寝転がってテレビを見ながら缶ビールを呑んでいた。
「テメーは暇そうでいいよなあ。」
睨みつけると、重浦は鼻で笑って、
「おまえと俺はやる仕事が違うんだよ。」
と言いながら起き上がり、大きくあくびをした。
「どうだった?今日の客。塾の先生だっつったっけ。」
重浦はビールの缶を振りながら言った。どうやら中身は空だったらしく、小さく舌打ちして缶をテーブルに置く。ざまあみろ。
「別にどうってことなかったよ。無茶振りしてくることもねえし。」
俺は冷蔵庫を開けて、中をのぞき込みながら言った。まだ缶ビールは残っていて、それを1本出して口を開ける。
「おい、未成年がビール飲んでんじゃねえよ。」
重浦が笑いながら言う。
「その未成年にウリさせてんのはどこのどいつだってんだよ。」
ビールを持ったまま、俺はリビングに戻り、テレビのリモコンを取り上げた。すべてのチャンネルをザッピングして、面白そうな番組がないことが分かると、俺はリモコンを重浦に放った。
「で?何か面白ぇ話でも聞けたか?」
探るように、重浦は俺を見た。
「別に。塾の先生なんて何のネタも持ってねえだろ。」
「例えば、生徒のこととかさ。」
「知らねえ。」
面倒になって、俺はビールをあおると空になった缶を台所のシンクに置いた。
「疲れたから寝る。」
「おい待て。身体見せろ。」
重浦は俺の腕を掴んで自分の方へ引き寄せた。面倒だけど、これも仕事終わりの日課だ。俺は重浦の目の前で全裸になった。
「なーんにもねえだろ。もう寝る。」
じっと見ている重浦の視線を外すようにTシャツとパンツだけ身に付けて、俺は隣の部屋の敷きっぱなしになっている布団にもぐり込んだ。
芹澤はそれからも何度か俺を買いに来た。
強請のネタを持っていない芹澤を、重浦はつまらない客だと思っていたようだったが、金払いはいいし、仕事が仕事だけに口は軽くないだろうと、フツウにウリの客として丁重に扱っていた。
俺は俺で、他の傲慢なジジイたちに比べて、無理強いされたり気持ち悪いことを言われたり(何か勘違いしてすきだとか言ってくる奴が、少なからずいたんだ)することもないし、清潔な雰囲気がわりと気に入っていて、芹澤の相手をするのはイヤじゃなかった。
重浦に払う料金とは別にチップをくれることもあった。その金額もせいぜい5千円くらいで、札びらを撒き散らすようなジジイとも違って、逆に好印象だった。
正直言って、セックスはあまり上手じゃなかったけど、俺にとってはそんなのどうでもよかった。
そんな感じで半年ほど過ぎたころ。
することして、でもまだ時間が残っていたので、ふたりでホテルのベッドでごろごろしながら世間話をしていた。寒くなってくるのうんざり、とか、でも冬は新製品のチョコレートが出るから楽しみ、とか。
「亮くんはチョコがすきなんだね。」
芹澤はにこにこしながら俺の髪をなでた。
「チョコだけじゃなくて、菓子はなんでもすき。」
されるがままになりながら、俺は応えた。
「じゃあ、今度会うときは、何か持ってくるよ。」
芹澤は目を細めて、
「やっぱり若い子は菓子がすきなんだね。僕の生徒も、よく学校に持ってきては、生活指導の先生に取り上げられてるよ。」
と言った。
「…?学校?塾にも生活指導の先生なんているの?」
ふと気になって言うと、芹澤はハッとしたように表情を強張らせた。
「芹澤さんって、塾の先生なんだよね?」
その顔をのぞき込むと、芹澤はぐっと息を詰まらせて、でも次には小さく溜息を吐いた。
「…ごめん。嘘吐いてた。本当は高校の教師なんだ。」
そして、規則が厳しいことで知られる、私立の女子高の名を告げた。
これは…面倒なことになった、と俺は内心舌打ちした。そんな学校の教師が、未成年の、しかも男を買春してるなんて、世間に知れたら格好の新聞ネタだ。
それ以前に重浦に知れたら…こいつ、どんだけ強請り取られるか分かんねえぞ…
思わず眉をひそめた俺を、芹澤は自嘲気味に笑いながら眺めていたけど、
「重浦さんに言う?」
と、小さな声で訊いてきた。
「…言わないよ。」
別に、特別こいつがすきだとかいうわけじゃない。ただ、目の前で叩かれるのが、俺にとっていい気分がしないだけ。
でも芹澤は、俺の言葉をどう解釈したのか、
「ありがとう。」
と言って、俺をきゅっと抱きしめた。
言えないでいたことを言ってしまった心安さからか、芹澤はそれまでより頻繁に俺を買いにくるようになった。
と言っても、せいぜい月に2〜3回くらいだけど、教師なんてそんなに高収入でもないだろうに、金は大丈夫なのかと、他人事ながら疑問に思う。
本人の前でちらっとそう漏らすと、芹澤は柔らかく微笑って、
「亮くんは優しいんだね。」
と言った。
「別に…優しいわけじゃないけど。」
首を傾げると、奴は俺の髪をなでながら、
「僕はそう思ったんだからいいんだよ。」
と、よく分からない理屈を言う。
芹澤は、もう隠すこともないと思ったようで、俺に自分のことを話すようになった。
曰く。自分はゲイで、それに気付いた中学生のころ、男ばかりのところにいたら後がないと思って、わざと女子の多い美術部に入ったり、女子の比率の高い高校・大学に進学したこと。教師には元々なりたかったけど、男子生徒とフツウに接する自信がなくて、女子高の教師になったこと。
「周りの奴らは、僕がよっぽど女好きなんだと思ってるみたいだけどね。」
逆なのに、と芹澤は溜息を吐いた。その顔がなんだか泣きそうに見えて、俺は芹澤の膝に手を乗せて、
「先生、寂しいの?」
と訊いた。
芹澤は、ハッとしたように俺を見て、口元を小さく歪めた。
「そう…そうなのかな…」
「恋人作らないの?」
「…なかなかうまくいかないもんだよ、男同士って。」
ふーん、そうかよ。辛気くせえなあ。でも、やることはやりたいから、俺んとこに来るんだろ。教師のくせに、重浦がヤクザだって知ってるのに。
まあいい。払うもん払って、面倒なこと言い出しさえしなければ。
「…亮くんのことも知りたいな。歳はいくつなの?」
…言ってるそばからこれだ。そーいうのが面倒だってのに。
「あー…俺ぇ…18…」
それでも一応答えてやる。これで満足かよ。
でも、歳を聞いた芹澤は、目を見開いて絶句すると、
「僕の生徒と同い年…」
と、まじまじと俺の顔を眺めた。ちっ、なんだよ、分かってたんじゃねえのかよ、未成年だって。
「若く見えるけど、ハタチは越えてると思ってたんだよ…」
は?あ、そう?
「この仕事は長いの?」
なんだ、この身辺調査は。
「んー、2年くらいかなぁ。」
「……」
また一瞬、間が空く。歳を計算してやがるな。
「学校は?」
「中学の卒業証書はもらったよ。もう、どっかいっちまったけど。」
「親は?」
「…あのさあ、なんなの?俺のこと根掘り葉掘り訊いてさあ。」
ついイラッとして、俺は芹澤をにらんだ。芹澤は、ビクッと肩を揺らすと、つと目を逸らした。
ちょっとは刺さったか?そーいうの訊くの、マナー違反だって。
俺は間髪入れずに芹澤の膝の上に乗り上がると、その首に腕を回した。そして、耳元に口を当てて、
「つまらないお喋りは終わり。早く…気持ちよくして?」
とささやいた。芹澤は僅かにつばを呑むと、うつむいたまま無言で俺の腰を引き寄せた。
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