■ what is love? ■
彼の手のひらに滑り込ませようとした指を、彼は手のひら全体で拒否した。
あたしは反射的に彼の顔を見た。左斜め後方からの彼の横顔。
きっとあたしは『何故?』という顔をしていたのだろう、彼は、その身体や顔の向きからして正面に当たる方向の地面を見ながら、
「だめ。」
とひとこと言った。そのひとことは、あたしに彼の行動を理解させるのに充分足りた。だけどあたしはわざとふくれ面を作って、彼の顔を見続けた。
「だめ。」
彼は同じ姿勢のままさらにそう言ったあと、やおらあたしに振り返った。
「周りに囲いのないところでは。」
それはそのままあたしと彼の関係を言い表していた。
閉ざされた空間、という言葉があたしの身体を取りまいて繭を作りかけていた。あたしはそれを払い除けるように、一歩彼の傍に寄った。
周囲は陽が落ちて暗くなりかけていた。その駐車場でも、ヘッドライトを点けた自動車が時折出入りしていた。あたしの立っている場所から正面の方向には、ピンク色系のオレンジ色をした、太陽が山の陰に沈んでしまった余韻の空が広がっていた。一瞬、あの色を絵の具で作るには赤に黄色をたくさんと白を少しだけ混ぜればいいのかな、と考えて、それではダメだ、と思い直した。
あたしが今、空の色について考えていたなんて、彼は気付いてないな、と思うと何となく愉快な気分になる。
「とにかく、今日はもう帰んなくちゃなんないんだ。」
さっきから彼は何度も同じことを言っている。
あたしは無言で頷いてから
「はい。」
と言った。
彼が、自分のオートバイまで歩いていくのを、あたしはそこに立ったまま見ていた。彼は、ハンドルに引っ掛けてあったヘルメットをゆっくりとした動作で深くかぶった。彼の首から上は、白い滑らかな球形になった。
彼はそのままオートバイにまたがると、エンジンを始動させて直径5mくらいの円を描いて走り、その結果あたしの立っているすぐ脇までやってきた。
「あなたももう帰んなきゃだめだよ。」
こんなような調子で、きっと彼は彼の子どもに話しかけるのだろう、とあたしはぼんやり思った。言葉自体じゃなくて。
うなずいてみせると、彼は口元で微笑って、駐車場の出口に向かって走っていった。
あたしの場所から大体直角に曲がって駐車場の外側に平行に面した道路に向かう彼の後姿に、あたしは肩の高さに上げた右手を開いたり閉じたりして『おやすみなさい』をした。
彼の姿が完全に見えなくなってから、あたしは自分の車に向かって歩いた。歩きながら、つい鼻歌を歌った。
車のシートに腰を落としたとき、この鼻歌の題名が『what
is love?』だったことに気付いて、あたしは鼻歌をやめた。
キイを差し込んで右廻りに回転させると、エンジンがぶわん、と音を立てて始動した。その音に日常を感じて、何だか安心したような、罪悪を感じるような、相反する気持ちが混ざり合って胸がギュッとした。
そのまま車を発進させて道路に出てからフロントガラス越しに空を見ると、さっき見た色はもうなくなっていて、そこには闇が広がっていた。それを確認して運転しつつ、、ふと、きっと今あたしは、いつも彼が「そんな眼をしてもこれ以上はだめだよ」と言う、そんな顔をしてるんだろうな、と思った。