ねずみ


 ゴールデンウィークを何日か過ぎ、ある気持ちの良い平日、三人の親子が工房にいらし
た。ご両親と、25歳は過ぎた感じの娘さん。落ち着いたお父さまが大事そうに小さな籠を抱え
ていらっしゃる。動物も虫も大好きな私は、「何が入っているのですか?」 迷うことなく声をか
けた。「これですか?」 嬉しそうに見せてくださった中身は?? 「これは?」 「ハムスターで
す・・・・・。」 ちょっとの間をおいて、「まあかわいい!」 本当に可愛かったのです。子ねずみ
のように見える、栗色のハツカねずみのような生き物には、確かにあの、ねずみ独特の長い
尻尾が無かった。
 
 子どもの頃私が飼っていた白いダイコクねずみのこと。そのねずみが、小屋の中で20匹ほ
どに増えてしまったこと。そして、そのねずみたちが、可愛がってもちっともなつかなかったこ
と。そして、それとは別に、小さなハツカねずみを逃がしてしまい、家の中で結局見つからな
かったという話しなど、次から次へと話に花が咲いた。

 そして、私の工房へ進む奥様とお嬢様。「どうぞどうぞ・・。」と、ご案内したまでは良かった
が、お嬢様はどんどん奥へと進まれる。毛糸に興味をもってくださったのは良かったけれど、
私は、娘に目で合図した。娘もすぐに察し、そそくさともっと奥へと進み、手をしょこしょこと動
かした。
 
 実は、ここ1ヶ月ほど、我工房では困ったことが起きていた。棚の上に、くるみを発見した時
はまだ良かった。たくさんの毛糸の入った籠の奥に、どんぐりを発見した時、それもまだ良か
った。商品を入れてある、引出しから、1粒のドッグフードを発見した時、私はもうその小動物
の退治を決意せざるを得なかった。 我が家の愛犬チャイ。彼の餌入れから運ばれたであろ
うその茶色の粒は、胡桃やどんぐりのような風情はまったく感じさせることなく、ただ不潔感だ
けを私に感じさせた。そしてとっておきのネズミ捕りが主人の手によって仕掛けられた。
 のねずみ、やまねずみ、いえねずみ、なんでも居そうなこの地で、私達は今までもたびたび
ねずみに悩まされた。 夜、カサコソと眠りを妨げられたり、主人の工房で巣を作ったねずみ
が、材料の革をかじったり・・・。そしてその都度、1番原始的な金属製のねずみ捕りに、チー
ズやちくわを仕掛け、みごとなまでに捕獲してきた。
 腕を鳴らし、自身満々で効果を待った主人だったが、今回のねずみは頭が良かった。1度
目は、餌だけ取って逃げた。2度目は餌をかじって逃げた。そして、その後は、どんなにおい
しそうな餌にも寄ってこない。

 その、餌のついたねずみ捕りを、そのご家族の目にどうしても触れさせてはならない。どき
どきする私達をよそに、彼女は嬉しそうに様々な毛糸を選び、無事帰っていった。

 その後、金属のねずみ捕りは、薬局で買った厚紙ハウスに替わり、工房は丁寧に掃除され
たが、あれ以来、小さな訪問者はないようで、異物が持ちこまれることはなく、2箇所の厚紙
ハウスも、未だ空のままである。

                 平成13年6月20日 記

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