ジングルス

 
 23年前、軽井沢に来た時以来、何度も何度も話題にしてきたねずみ。今回主役のねずみ
の名は、ジングルスという。
 初めの頃、ねずみに困るとねずみ捕りを仕掛けてはつかまえて、バイクでその都度主人が
遠くに逃がしに行っていた。話をしてみると、都会から移り住んだ人は、結構同じ行動をする
方が多いようだ。ところが、これも何度かは出来ても、そのうち疑問がわく。安眠を妨げるこ
の小動物に閉口し、殺さねばいけないことに気付く。私は、少女時代東京で蟻やねずみを好
んで可愛がっていたため、ねずみを不潔な物だと思ったとは無かったが、夜さわぎまわった
り、私たちの食料に手を出されれば、生活に中で、敵である。猫がいたあいだは、ねずみ好
きの彼女が始末をしてくれていたが、彼女が死んだあと、始末をしてくれるのは、主人であ
る。何匹も何匹も我が家の中からねずみが消えたが、今回のジングルスだけは少し違う。

 ねずみは普通物陰に隠れたり、端っこをチョコチョコと人目につかぬよう走り回る。ところが
ある日現れたねずみは、違っていた。「ねえ、おかあさん。かわいいよ。ねずみ・・・。」成人を
とうに越した娘が、目を輝かせて私に言うのには、何でも、部屋の真ん中に出て来るそうであ
る。「おれもみた。かわいいぜ・・あいつ。」 主人も賞賛する。私は子供の頃の異常な動物好
きを、自ら子供を持つことですっかり卒業し、家族の言うことにただ苦笑していたが、確かに
そのねずみが娘の座っているかたわらで顔を洗っているのを見て、なんとも不思議な光景だ
と思った。「家のペットにしようぜ。」 そういう主人の言葉に、賛成も反対もしなかった。その
まま、1週間ほど私は東京に出かけたが、帰ってくると、「ジングルス」 と言う名前まで付いて
いた。なんでもその名前は映画からいただいたそうだが、しゃれている。

 私は傍観していたが、ジングルスは相変わらず、歩く時は部屋の真ん中をそろそろ歩き、
私達が近寄っても、それほどあわてた様子も見せない。ある午後、主人が喜んでカメラを持
って激写したのは、なんと、まな板の上のパックの中からキンピラゴボウを食べるジングル
ス。「かわいいね〜。見て見て! 手でちゃんと掴んで食べてる・・・」娘と主人が喜んでいるの
を私は冷ややかな目で見ていた。「そんなこと、昔っから知ってる。あんたたちしらないの?」
声には出さなかったが、心の中でそう言った。そんな時つくづく思う。あれがねずみでなく、リ
スなら私ももっと感激したかもしれない。でも、リスがねずみくらいたくさんいたら、そして、リス
が夜中に天井裏を走り回れば、同じように、私たちはいやがって、生活の敵とするだろう。
  
 何でもありの自由の世の中で、試行錯誤で生きてきた私たち。いつでも自分が納得できる
考えを持つため考え込んでしまう私。時として、あっけに取られる行動をもしてしまうが、軽井
沢に来てからの刺激的な日々はとどまることがない。そんなに大げさに思うことではないが、
このまな板の上のジングルスを、そのまま放置することはさすがの私にも出来なかった。
 ジングルスを退治したのかと思いますか?いえいえ・・・使い終わったまな板を、立てかける
ようにしただけです。そして、しばらくして、ジングルスは、姿を見せなくなった。 

 コチョコチョとひと目を避けて動き回り、夜行動するとう本能めいた行動を忘れていたジング
ルスは病気だったのではないかと思う。なんとなく痩せて、なんとなく貧相なそのねずみは、
我が家の庭から雪が溶け春の兆しがほんの少し見えた頃現われ、軽井沢に桜が咲いた頃
には、消えていた。

                   (平成14年4月19日 記)

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