88−44の御夫婦


 その御夫婦が、私に伝えてくださったことはとても大きくてたくさんのこと。           
  
 はじめ奥様が私達の店に来てくださった時、私は店には居なかった。娘達を保育園に迎え
に行っていた。(当時1歳の娘が今は23歳。)そう。旧軽井沢銀座で店をはじめて1年目。
「霧下織工房」という名前さえまだ無かった。「とても感じの良い奥さんが来て、気に入って、シ
ョールを買ってくださった。」 主人の報告を聞いて、信じられない嬉しさをかみしめた。自分
の作ったものが売れるという事さえ疑っていた当時。そしてそのショールは自分でも値段が高
いのではないかと思っていたもの。細いシルクの糸を丁寧に織り上げたもので、今まで私が
他で見たことがないので値段のつけようも無かったのだ。それでもつけた値段を認めてくださ
った。それがとても嬉しかった。

 「あの方たちはよくここを通るよ。そこに車を置いていつも買い物なさってるから。」 夫の言
葉を何気なく聞いていたが、何日かすぎて「あの車だよ。」主人が指差した車は、ナンバー
「88‐44。」 はじめて見たときから、いまだに忘れられない覚えやすい番号。 あるじのいない
その車を何度か見た数週間後、その御夫婦が店に入っていらした。

 あまりの品の良さに、答える言葉を思わず選んでしまったが、奥様の話し方がなんとも美し
く、やさしい。私にはもったいないような敬語を使ってくださり、新聞を広げて、ままごと遊びを
する小さな娘たちにも丁寧に語りかけてくださる。私の仕事を誉めてくださり、私達の生き方
を誉めてくださる。外国暮らしの長い私の夫と、その御主人は意気投合。

 その後も何度も私達の店を覗いてくださり、さりげなく励ましてくださったり、楽しいお話を聞
かせてくださったり・・・。

 その御主人は作家。そのお人柄に惚れ込み、読ませていただき、街の図書館に無い本は
リクエストして、当時、ほとんど読ませていただいた。恥ずかしいことに、お名前を伺っても、
あの時の私は、彼の偉大さを知らなかった。夢中で読んだ作品の数々に、たくさんの感動を
おぼえた。当時、本を読むゆとりなど無く、家では編み針ばかり握っていた私だが、本を読む
充実感をよみがえらせてくださったのもあの方だった。

 苦しい時には10代の頃からよく文を書いていた。あまりの生活の苦しさがおかしさにばけ、
それを綴った私が作っていた小冊子 「む」。 1号から読んでくださっていた奥様は私の愛読
者だったとか・・・。そんなもったいない話をしてくださった御主人がある時私におっしゃった。
「あなたは、ものが書けるんだから、冬は書く仕事をすればいい。」 それを聞いた時、私は
「仕事とは、お金を得ること。」 という痛烈な思いがあり、そのかたのおっしゃることに頷くこと
ができなかった。それでも、私の文章を認めてくださったことだけで嬉しく、それだけで、本を
作ろう。という思いは以前にも増して消えてしまった。奥様もよくおっしゃっていた。「本をお出
しなさい。これは立派な本になるから。」

 不思議なもので、自分の思いが、尊敬する方に認められてしまうと、もうそれ以上を望まなく
なる。本当に不思議な感情。

 その方には、今思えば顔から火が出そうな恥ずかしい質問をいくつかしてしまった。そのナ
ンバーワンは・・・。「Kさん、書かれた本の中で一番のおすすめってなんですか?」なんと軽薄
な・・・。「僕は、ある意味恵まれていたのか、書きたいことだけを書いてきた。だから、特にこ
れ、というのはないけれど、あなたにあげた本、あれが初めての作品。ということで、一番心
に残っているかもしれない。」 そのようなことをおっしゃった。

 お誘いしても、決して我が家に訪れてはくださらなかったが、一度だけ、ふいに立ち寄ってく
ださったことがあった。秋の終わり、我が家の薪に興味を示され、オノを楽しそうに振り下ろさ
れていた。奥様にとがめられ、すぐに終わりになってしまったが、懐かしい思い出である。

 その方は、避暑地軽井沢で亡くなった。夫が偶然、スーパーでその方が具合悪そうにして
いる姿を見ていた。そして、次の日にその方の死を知った。

               あの御夫婦が教えてくださったこと。
                   私達の仕事の意義。
                私達の生活の仕方の意義。
               誰にでも丁寧に接することの美しさ。

 あの時代だったから・・・。そんな言葉で忘れてしまいたくはない。「88‐44」のスカイライン。ボ
ディーはへこみ、床に穴が開くまで乗りつづけたKさん。買い替えられた新車の番号は全く私
の記憶には残っていない。今、いただいた本を、あらためてまた読ませていただきたくなっ
た。

 
                 平成13年9月1日 記

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