あるカップル


 私に感動を与えてくださる方達とはほとんどの場合、名をなのり合い、長いつきあいをさせ
ていただくことが多いが、このカップルの場合は例外である。

 私が店をはじめて4年ほど経った頃であろうか。商売人でも職人でも、ましてや芸術家でも
ない私は、ただ食べるため、生活の糧を得るために必死に染織をしていた。常に自信のない
私は、隣の大家さんに(彼は骨董店を営んでいらした。)よく相談にのっていただいていた。植
物染めにこだわりはじめた私は、藍を仲間に入れるべく勉強をした。そして、売るものとして
値をつける段階で悩んでしまった。そして、隣に走った。「ねえ、『藍染めは未だ修行中』という
札出して安くしようと思うんだけど・・・。」 そんな私に彼は言った。「気持ちはわかるけど、看
板下げている以上、君はプロだ。甘えてはいけない。」 きつい言葉ではあったが、私は納得
した。そして、常に肩を張って、緊張して、不安一杯で得られる知識をむさぼりながら、自分
の作るものを売らせていただいていた。

 そんな時である。彼らが現れた。ヒッピーのようなものに憧れのようなものを持っていながら
二人の赤ん坊を持った私。ありんこのように地に足をべったりとつけていた私に、その方達
の風貌は軽やかだった。私の店のものを気に入ってくださりながらも、「高いから買えない
な。」そうおっしゃり、私が染めて撚った紐を二本買ってくださった。そして、彼らとの話で、当
時の私は救われ、今でも、その時の彼らはつまづきかかる私を助けてくれている。

 植物染料で天然繊維を染める。そして織る、編む。多くの過程を経て製品になるが、そのも
の達は私の感覚から言っても高価である。そして、空気酸化で色も変われば、洗濯によっ
て、物もいたむ。味が出る、と言う言い方も一方ではできるが、私の作るものは、いたむ、と
言うほうがあっているように思えてならない。主人の革細工は、それこそ使って味が出る。だ
から主人が羨ましかった。 その若いカップルが、私の作品をとても気に入ってくださったのを
いいことに、その時正直な私の不安をぶつけてみた。「味が出る。」とはいっても、いたんでい
るようにしか思えない私の心中。それなのに高く売らなければならない現実。そして、それで
も買ってくださるお客様に申し訳なさが付きまとう、という私の悩みに、彼らはさわやかに答え
てくださった。 「でもね、いいのよ。例えば、木の家だって変化するじゃない。色も変わるし」、
縮みもするし、ふやけもするでしょう?それが嫌なら、ステンレスの家に住むしかない。好きな
ら、それを覚悟で手に入れるんだから、いいのよ、それで・・・。あなたのものを好きで買う人
は、それが好きなんだから・・・。」 細かいことは忘れてしまったが、そんな感じでいろいろ話
してくださった。

 私が行き詰まると、いつでも助けてくださるのはお客様。彼らはデザインの勉強をなさって
いらしたと記憶しているが、雰囲気はなんとなく頭にあるが、残念なことに顔は、少しの記憶も
無い。

 それでも、仕事上悩むと、二人揃って今も時折私の中にやってきては、私を助けてくれてい
る。

                平成13年9月25日 記

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