あい子ちゃん


 連休が終わったある静かな日、2人の女の子が私の店にやってきた。軽井沢で連休中バイ
トをし、終わって軽井沢見物をしているという。「わーいいなー。私も編みたいナー。そうだ、あ
い子連れてこよう!」 そういうことはよくあるので、特に気にもせずにいたが何日かして・・・。
 本当に3人でやってきた。若い女の子3人。そのなかで、とびっきり表情豊かなあい子ちゃ
ん。人懐っこい笑顔で、「いいなー。私にも編めるかなー。」 そんな時私は決して嘘は言わな
い。「今まで編物したことある?」 「うん。ずーっと前だけど。」 「それで、今やる気はある
の?」 「はい!」 元気な彼女の目は意欲的に光っていた。 「編み方教えてもらえるの?」
と、彼女。 「いいわよ。」 それから彼女とのつき合いが始まった。

 「今、軽井沢の保養所でバイトしてるんだけど、まだお客さん居ないから、毎日マニュアル読
んでるだけ。時間があって、やることなくて。」 そういうあい子ちゃんは北海道育ち。23歳。小
柄で健康そう。今何かをしなくては・・・。と奮起して、観光ツアーに参加して沖縄に行ったそう
だ。そこで交渉して、老夫婦の家に住みこみ、さとうきびを収穫するアルバイトを3ヶ月程した
そうだ。そしてその後、北海道に帰るのを延期し、軽井沢に来たという。どうやって見つけた
のか、住みこみのバイトを探し、おじさんと2人で働いているそうだ。2人だけ?そう聞いただ
けで、信じられない思いを抱くのは私だけだろうか。

 それから、あい子ちゃんは、次の休みに早速やってきた。編み針の持ち方すら忘れていた
彼女に、弟子入り間も無い娘を先生としてつけることにした。年齢も近く、教わるほうも気楽だ
ろうし、なにより娘の勉強にもってこいだと思ったからだ。ベストを編む娘に、「私もいつか、そ
んなん編めるようになるかなあ?」 「なるなる!私だって始めたばかりだもん。」 「ねえ。先
生ー!おかーさーん。」 娘はわからなくなると私を呼び、あい子ちゃんと二人三脚で腕を上
げていった。年も近い2人は私をよそに、キャッキャと話しながら楽しそうに手を動かしてい
た。「おじさんと2人だけで平気なの?ご飯はどうしてるの?」 それとなく私も心配をしていた
が、天下一品の笑顔で、彼女は平然としていた。 売るものを創る娘の作品には、私の厳し
いチェックをいれたが、おおらかなあい子ちゃんは、「ここ間違っちゃったけど、着れるからい
いよね。」 本人が良ければ私は一向に構わない。

 いつまでもベストを編む娘を置いて、あい子ちゃんはどうにかカーディガンまで編むようにな
ってしまった。私の注意をすっかり忘れ、間違っていてもそのまま続け、形にしてしまう。そし
て、見事な若さでカッコ良く着こなしてしまう。その頃には、彼女の働く保養所にも従業員が増
え、私も安心して見守っていたが、ある日突然、浮かない顔で入ってきたあい子ちゃん。手に
は作りかけのセーター。 「あのね、急なんだけどバイトやめるの。だから、これ、あと3時間で
教わりたいんだけど・・・。」 ? ? ? 「今日、東京行くの。切符もあるの。」 ? ? ?
前もって電話があったわけでもなく、後3時間で教えろって? そういうことにも慣れかかって
いた私は忙しくも適当に対応。 そしてあい子ちゃんは、毛糸をいっぱい買って軽井沢からい
なくなった。

 半年ほどたったころだろうか。あい子ちゃんからのハガキを受け取った。私達家族3人は、
奪い合うように読んだ。そして、内容に感動した。東京でアパートを借り、井の頭公園で、自
分で編んだ帽子を売っていて、結構売れている。というもの。もちろん自分の住所など書いて
はいない。

 その後、娘の携帯に電話が入り、母親が病気で一時的に北海道にいるという。そして、まも
なく東京に戻り、軽井沢に来たいと言う。
 そしてもう一度電話。○月○日に軽井沢に来ると言う。そして、その日。娘はあい子ちゃん
が好きだったクッキーを焼き、私も楽しみに待っていた。しかし、待てど暮らせど彼女は来な
い。娘に電話させてみる。 「エーッ。うそー。」 あい子ちゃんはその時北海道に居たそうだ。

 でも、そんなあい子ちゃんが私達は大好きだし、若い私の娘は別として、そういうことにもい
ちいち動じなくなった自分に感心した。 楽しい刺激をありがとう。あい子ちゃん!

                  平成13年5月27日 記

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