1+1はいくつ?


 先日いらした親しいお客様が、当工房内で、私とこの仕事修行中の娘とふたりが働いてい
る姿を見ておっしゃった。「お嬢さんが手伝うようになって仕事の幅が広がりましたね。今ここ
を見ていると、1+1が2 じゃないってことをつくづく感じるわ。それが3にも4にもなってい
る。」その言葉を聞いた時の嬉しさは大きかったが、同時にとてもいろいろな事が頭をよぎっ
た。
  
 私たちの生活が苦しかった頃、私は主人と助け合ってそれぞれの店を旧軽井沢で2店舗営
業し、子育てをした。車の運転をしない主人のぶんも私が運転を引き受け、そのぶん家事も
子育ても、主人はなんでも協力的であった。それでも身内から借金をし、夏にいっきに返しな
がら忍んだ日々。その時に、むなしさを感じつつ心の中で思っていた。『1+1が2になれな
い。どうしてもなれない。』夫婦ふたり力をあわせても2になれず、ようやくの1であることの寂
しい実感。でも、そんな自分に言い聞かせ続けていた。『1+1が2になれないなら、1+1を
光る1にしよう。』・・・と。そしてそれは徐々に達成された。ここに来てくださるお客様が、私た
ちを見ているとエネルギーをもらえる。と伝えてくださる事が多くなったから。それでも稼ぎは
サラリーマンのひとり分にさえもならなかった。かやぶきの農家を借り、障子にはせめてもの
明るさを・・。とピンクに染めた紙でお花を作り、たくさん貼り付けて過ごしていた。幼児の娘た
ちには、誕生日にはバケツいっぱいのお菓子をプレゼントし、クリスマスにはスウェーデンの
サンタからカードが届くよう手配をし、必ず親がサンタの真似事をしてお金の無い思いはさせ
まいと、いつも笑いながら暮らしていた。
 そんな私たちを知るお店のお客様は、子供たちを大切にしてくださり、私たちを大事に育て
てくださった。そして私に言った。「御宅のだんな様も、子供たちも今のままでいて欲しいね。
今のまま、育って欲しいね。」その時、あまり深くも考えはしなかったが、そういわれるたびに
私なりに納得するようになっていった。そして、私はとにかく家族を守り続けるために、仕事に
熱中した。
 「あなたたちを見ていると、人間成長する物だって、実感する。」 と友人に言われたこと。
「世の中、『寝ないで働く』 とはよく聞くけど、あんたみたいによく遊んでよく働く人は見た事が
ない。頭が下がる。」 と母にいわれたこと。それが私にとって嬉しい誉め言葉になった。

 財産も縁故関係も無い中20数年。皆様に助けられながらここで家族が一体になって、どう
やらここ最近主人と私の1+1が、2になれたことを感じ、何とはなく気持ちの余裕が出来てき
た。すると、なんともいえない倦怠感。今まで想像すら出来なかったその感情はお互い同じで
あって、少しの努力ではそれを乗り越えることは出来そうに無いどうにもならないものであっ
た。

 お互いを尊重しようとすればするだけ時間の共有も趣味も離れてゆく。そしていつもいつも
一緒にいる仲良し夫婦に不思議な感情が芽生える。いいじゃない・・それぞれ勝手なことをす
れば・・・。おりしも、近所の御主人が亡くなった。「生きてるうちに好きにさせてあげたかっ
た。」 何度も何人もから聞いたこの言葉にもっともだと納得。 みんなお互い好きなようにす
ればいいじゃない・・。信頼できない今の日本の政治と明日がどうなるかもわからない不安定
な世の中で、私は心底そう思った。

 私にとって1+1=2の実感は、それほど気分的に平坦なものではなかった。。でも・・そんな
ときにでも、私の状態を全て知った上で私の力になってくれ、支えてくれる人がいる。だからま
た挑もうと思う。今までのことを全部肥やしにして、大きなことに挑戦しようと思う。それは人間
関係でもあり、生活態度でもあり、仕事の進め方でもある。今3個の大きなハードルを私は目
の前に感じている。

                    (2002年11月21日 記)



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