1ヶ月ほど前、懐かしい東京の友人から、電話を頂いた。「ワコ?あのね、私の知人の作品
展に一緒に出してみない?」 学生時代の私のニックネームを懐かしく聞きながら、友人の話
に耳を傾けていた。40坪のスペースを埋めるのに、私に一緒にやってみないかという話。ひ
とりで作っているときは作品が間に合わず、決して出来なかった『工房から出ての作品展。』
娘がこの仕事を手伝うようになってから、少しづつ、個展もするようになった。冬だし、店に
お客様も少なくなる時期だしやってみようか・・。
次の週その件で3人の方が私の工房を訪ねてくださった。今まで私が縁を持たないようにし
ていた商売中心の話。気持ちの余裕があったその時、私は新しい世界に顔を出してみること
にした。商売中心というのは言い方が悪いかもしれないが、作った物を素直な値段で売るこ
とを続けていた私にとって、作品展は少し話が違う。素直な値段というのは、それで私が生活
のできる値段という意味で、作品展では、もろもろの経費を考えると工房での値段と同じにす
るわけにはいかない。主催者に納める分を捻出するには、それなりに私の苦手な計算をしな
くてはならない。それも今回は銀座のデパート。個展はひとりなので私の世界を思いきり出せ
ばよい。しかし、出す人が複数の場合は、彼らを尊重しなくてはならない。私はあくまでも後
輩。それは初めてのそして難しい挑戦である。
今までの個展はギャラリーのオーナーに見込んでいただいていたもので、彼女が上手に振
舞ってくださっているおかげで、それほど私にプレッシャーは無かった。ところが今回は会場
が広い上に、様子が全くわからない。複数の人数の作品展を実感させていただくために、私
は12月に2度の作品展を洋服を作る彼と御一緒させていただくことにした。
彼はとても正直な方で、ぽんぽんとものを言う。私も思ったままに答える。「あんたなー、心
配なんだけど・・。そんな値段で経費でるんかい?」 「私はお金も無いけど借金が無いから、
1000円でも売れれば、御飯食べれるでしょ?セーター1枚売れれば新幹線の往復代に宿
代も出るでしょ?・・・いいの。それで・・」
そんな計算が甘いのはじゅうじゅう承知ではあるがそれではだめかしら?ギャラリーの経費
を全て持ってくださる彼に私の売り上げの3割を支払うしくみだが、1300円のものばかりが
売れると彼が嘆く。「めんどうだな・・お釣が・・。家には100円玉の用意は無い。あんた、70
0円なんてお釣勘弁してよ・・」 「何言ってんのさ、1300円の3割で、あなたの好きなビール
が買えるでしょ。だめ、ばかにしちゃ!」 「そりゃーそうだけど・・・。」
グループ展とは言っても親分が彼で、主賓が私のような・・・。そんなことさえ知らなかった私
はただのおまけだと思っていたので、並べた作品の貧弱さに自己嫌悪。「こんなんだとは知ら
なかった。今度はもっと持って来ていい?」 「あたりまえじゃ・・・」
まあそんな話をしながら1度目の作品展は私にとっては売り上げも思った以上で (いつも
多大な期待はしないので) 彼の商売のやり方にたくさん勉強させていただき、私のお客様達
とはまた違う彼の顧客様方にお会いし、楽しい時を過ごさせていただいた。
そしてクリスマス頃に同じ場所で2度目の作品展を彼と共にする。1度目は、遠慮して作品
をあまり持ってゆかなかったが、彼が私のために半分の場所を用意してくださっている。その
ために今非常に忙しい。「売れ残り持って来ればよいから。」 と、彼。「そんな失礼なこと私に
は出来ません。売れ残り?ないもん。そんなの・・・」 などと言ってしまった手前作らねば作ら
ねば作らねば・・。
人のお世話になって自分の作品を売る場合、その人のためにも売れる物を作らなくてはな
らない。双方がいい思いを出来なければ、人間関係はなかなか続かない。
そして今日彼から電話があった。「なあ。あんた、昨日は写真ありがとう。あの写真のおか
げで商談うまくすすんで・・。」 その写真は私の作品とプロフィール。先日彼からの電話。「明
後日会議なんで,明日までに送って欲しい。」 「なに!この忙しいのに なんでもっと早く言
わないの?!」 怒ってはみたものの仕事の手を休め苦手なPCに向かい、自己紹介と共に
作品の写真を・・。そして、少し離れた宅急便屋に車を走らせる。作るための時間が雑用に
消えてゆく。人とかかわるとはこういうことだと自分に言い聞かせ自分を納得させた。
そして続いた彼の言葉 「あんたほんとに売るもん間に合う?作品あるんかいな?デパート
側じゃたいそうな準備するらしいで。」 「まかせなさい。私はやるときにはやります!作品は
作るけど売れるかどうかはわかんないよ。こんなに不景気なんだから・・」 なんて言ってはみ
たもののほんとかしら?作品揃うかしら?
今私の忙しさは工房始まって以来かもしれない。それでも、年を重ねたおかげか何もあわ
てずパニックにもならず、相変わらず定休日には遊んでいる。昨日の出来事も今日の日付も
明日の予定も頭には無いが、若かった頃と同様な大きな制作意欲に燃えている。
最近仕事に熱中しながら、入魂 という2文字が頭をよぎり始めた。たった1本の糸にも私
の魂が入っている。編み物をしていてもそれほど感じないが、機に向かうと痛切に感じる。
そして、「霧下織工房」 と名づけた遠い日の事が懐かしくよみがえる。今後もこの工房に私
の魂を移しながら無理しない程度に育ててゆきたいと思っている。
(平成14年12月11日 記)
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