家 できるかな・・・

 
 草ボーボーの土の私道とかやぶき屋根、このお気に入りの家も、借りたときから数年で出
る約束であった。ずいぶん前から、自分の土地に自分達で家を造ろうという夢を持っていた。

 「自分の土地」にこだわるのは、私なりの理由があった。私がまだ中学生だった頃、東京で
立派な家に住んでいた友達の弟が言ったものだ。「ねえお母さん、ぼくんち、どこまで掘っても
ぼくんちなの?」 「そうよ・・・」 その答えの真偽のほどはよくわからないが、その言葉が妙
に私の中に印象付けられた。確かに借家では、大きな穴ひとつ掘るにも大家さんに相談の上
ということで、私としては水が出るほど大きな穴を掘ってみたいとか、竪穴住居が造ってみた
いとか、時折、実行の有無は別として、おかしな衝動にかられることがあるため、ぜひとも自
由に使える地面が欲しかったのだ。

 土地を探していたときに、おもしろいことを発見した。資金も予算も無いとなると、空いてい
る所はすべて自分達のものになる可能性がある、という楽しい気分。車で動き回ると、土地
のあることあること。都会のようにびっしりと家が建っていれば、文字通り私たちの場所の無
いことがわかるのだが、ここは空き地がたくさんあるのです。いろいろと声をかけてみました
ら 「あるんだけれどねえ、あの土地には入り口が無くてねえ・・」 「?!」

 格安でという条件が、第一に窓口を狭くした。それでも、以前から親しくしてくださっている地
主さんに相談をもちかけた。あとにもさきにも、夫婦であれほど深々と頭を下げたのもそのと
きが初めて。売りたくないという土地を、無理にお願いしたかたちで承諾してくださると 「お金
は払えるときに、無理しないで」 という優しさで答えてくださった。私たちの生活ぶりをじゅうじ
ゅう承知な地主さんであった。しかし、土地を売ることなど考えてもいなかった地主さんと、一
度にお金が払えるなど夢にも思わなかった私達の話は、なかなか進展を見せなかった。

 何度かの話し合いの末、「下刈りしてもいいって!」嬉しそうにとんで帰った主人と、その山
林へ足を運ぶと、境界がまったく無い。どこからどこまでが我が家になるのやら・・・。何十年
も以前から放ってあった土地ゆえに、隣との境界もはっきりせず、地主さんにはずいぶ骨を
おっていただいた。 そんな時父が亡くなり、父がその土地の代金を半分私に残してくれてい
た。大切に大切に使うよう、その土地の前に来ると、父の顔が浮かぶ。下に眠るシャロンの
姿が浮かぶ。部落から少し離れたその土地の周りは畑と林。十月の夕べ、日が暮れかかっ
た土地に一家で草刈にやってきた。夕焼けの空を見上げ、娘が「おお、神よ!」とつぶやい
た。どこで習った言葉なのか・・・。ほとんど仕事の役には立たなかったが、連れてきて良かっ
た。

 人間の力ではどうにもならぬ大きな力が確かにある。空の色が変わる様子を見つめている
と、それがはっきりと伝わってきた。雑木の中のたくさんのヨモギ。
 いつも糸染めの色をもらう大切な草ではあるが、大きくなりすぎ、一面に広がったその植物
をを、力いっぱい引き抜きながら、ありがとうと、バカヤローを一度に言いたい思いであった。

                    1987年 夏

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