なまえ


 私の名は和子。姉の名は幸子、兄は一郎である。一郎・幸子・和子いえば、いつの時代か
の名前ベストスリーだとか・・・。今は亡き私の父が一生懸命でつけてくれた名らしいが、母は
「もっとステキな名前を考えていたのに・・・。」 と私に打ち明けてくれたことがあった。
 私の旧制は中村。「中村和子」 それは誰が聞いてもびっくりするほど平凡な名前だった。

 結婚をするなら少しステキな名字がいいな、と思ったからかどうか、「不破和子」 となって気
に入っている。「和子」という名に特別な愛着もなく、私の友達に数人の和子さんがおり、「和
子さん、和子さん」と私が呼ぶので、自分が和子であることを時に忘れて過ごしている。それ
でも堂々「和子」である。

 自分の子供がおなかにできた時、産まれてもいないのに「その子」という名をつけていた。
何故か、女の子だと信じていたのだ。産まれる頃になると、「その子ちゃん」はどこかへ行って
しまった。大きなおなかをかかえて、主人が野生の実が好きだから「野の実」がいいかな。そ
れとも私が織りをするので「織」のつく名がいいかな? 「アオリ、イオリ、ウオリ、エオリ、」五
十音を全て当てはめて、何度も口に出して「まおり」 「まおちゃん」が気に入った。
 「ねえ、女の子の名は私がつけるから男の子ならあなた決めてね。」 その頃、武蔵野の隣
家には「作手(つくで)」ちゃんという男の子がいた。手作り大好き私たちは、先をこされたよう
な気がしていた。主人は「革の字をとると『靴夫(くつお)』かな?『鞄(かばん)』かな?」笑い転
げたあと産まれた子は、幸いにも『靴夫』でも『鞄』でもなかった。

 長女には「まおり」次女には「ののみ」とつけた。皆誉めてくださったが、私の父だけは「聞い
たことがない名前だな。僕は聞いたことのある名前の方が安心できる。」と感想を述べた。
 私の憧れで「凪野(なぎの)」とつけられた羊を除いては、迷い猫は泥を食べていたので
「ドロ」貰い犬は、発地(ほっち)に住んでいたので「ホッチー」二代目の貰い犬は、住所が
荒熊(あらくま)移ったので「アラック」と単純である。

 さて、最近中学生と小学六年生になった娘たちと、同等に話ができることがとても楽しい。
「ねえ、今自分で名前をつけるとしたら何がいい?おかあさんは、まおりとののみが最高で
これ以上は考えられないんだけどねえ。」 と言うと、マンガの主人公のような名が次々と出て
いたが、そのうちお互いの名選びが始まった。 お母さんは 「不破あそび」、まおりは
「不破すね子」、ののみは「不破さぼり」。生活を名に取り込むようになったところで聞いてみ
た。「じゃあ、お父さんは?」 すると娘がすぐ答えた。「お父さん、不破がってんだ。」「不破
がってんだゆう だよ!」 この名前は我が家の誰もが異存なく認め合った。
 今年から畑の仕事と家事育児、家を守る役も引き受けた主人が、いつまでもこの名の似合
う人であることを私は心から望んでいる。

                       1988年 夏
 

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