まわる まわる(死んだ羊ナギへ・・)

 
 可愛そうな『ナギ』は、私たちに大きなプレゼントを残していてくれた。 雪が溶け、コブシが
咲き、すみれが咲いて緑がまぶしくなった頃、私と主人は庭の一隅におもしろい現象を発見
した。その場所だけが、他の場所に比べて緑がこんもりと多い。さて・・・?しばらくするとそれ
がもっとはっきりしてきて、アラックの小屋の横に畑ができたようであった。 たで、よもぎ、あ
かつめ草、アカザ・・・。まだまだ周りのよもぎ達は芽を出したばかりだというのに、そこだけは
背丈もぐっと高くおいしそうに茂っているのである。 

 「そうか・・・。」去年、その場所にはナギのテントがあったのだ。満腹にエサを食べたナギの
休憩所になっていた。その場所で休み、反芻を繰り返しながら、たくさんのフンをした。そのと
き散らばった種が、ナギのフンを栄養にして楽しい畑を作ったのだった。 『ナギの畑』 こっ
そり名をつけたその場所から、私はよもぎを刈り取り糸を染めた。 『アカザ』 をおひたしに
してパーティーの準備会に集まった人たちに出してみた。 「ほうれん草よりおいしい。これ不
破さん何?」口々に誉めてくださると 「これはね・・・。」と説明に入る。私たちは動物が死ん
でもただ埋めるだけ。お葬式もしなければ、その場に花をさすこともしない。感傷に浸ることも
なくただ死んだことだけを思う。それでも今回は「おいしい。」と言ってくださったことに、喪主と
してお礼を言いたいような、不思議な気持ちになった。その後も何度か我が家の食卓に 『ナ
ギの畑』から草が運ばれた。

 今年は主人が工房の前に近所の方から畑を貸していただけ、十種類程の作物づくりに精
を出している。その畑と言うのは、しばらく休耕地になっていたのだが、昨年の秋、あまりにお
いしそうな草なので、ナギのために場所を貸していただいていたところである。 「あの草地に
羊をつないでもよろしいですか?」 地主のおじいさんは、翌日わざわざロープを縛るくいまで
打ちにきてくださった。ピンピンと生える草を見ながら主人はおじいさんに言ったそうだ。

「おじさん、クローバー蒔きませんか、クローバーは土にとてもいいそうだよ。」 土に良いの
は本当らしいが、ナギも喜ぶから、とは言わなかったようだ。ナギの大好物は、アカツメ草と
クローバー。無くなれば他の草でも良かった。あちこちと連れ歩き、食べつくした時にお願いし
たのがその畑であった。モーモーと茂った雑草地で、五分の四程の草をたいらげたところで、
ナギは野犬に殺された。

 今回はナギに替わって私たち(といっても主人)がその畑のお世話になっている。「トマトが
駄目になったよ。オクラが駄目になったよ。でも豆とズッキーニは最高!」 主人のたびたび
の報告に私も足を入れてみた。ナギが利用した半分ほどの面積を主人は耕したのだが、ひ
とりで畑に入り私はア然とした。雨の無い暑い日に私の目に飛び込んできたのは主人の作品
よりも、ナギの作品であった。どことなく素人らしさのにおう作物の横の一面の雑草地。

 その中で元気に咲き誇るアカツメ草の大群!一面のクローバー。「あーあ、ナギ、生きてい
れば、みーんな食べてよかったのに。」 昨年はそれほど無かったアカツメ草のたくさんのボ
ンボンを目の当たりにして、ナギが死んだ時より悲しかった。まわる、まわる、ま・わ・る・・・・。

                  1990年 夏

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