次女が作った自分の部屋。居心地のよさそうなその軒下に、シジュウカラが巣作りをした。
ところが家族中で巣立ちを待っていたシジュウカラ一家に、とてもきびしいことが起こった。
六月十三日の朝、私は元気な鳥一家の声を聞いて安心して店にいたが、夕方帰ると主人
の第一声。「今日は大変だったよ!」 横川から釜飯を持って訪ねてくださった友人ご夫婦が
ニコニコと私と長女を迎えてくれたのに対して、主人と次女はやりきれない顔をしている。
何度もであったこの表情に「今度はなあに?」問う間もなく主人が言った。「巣からみんな出
てっちゃったんだよ。」 「ばたばた落ちてくるからオレ、『まだ早い!』と一度は全部巣に戻し
たんだぜ、それなのに・・・。」 「そんな、いいじゃない放っておけば。」 「それが違う、違うん
だよ。」 なんだかよくわからないが、よくよく聞いてみると確かに尋常ではないことが今日起
こったようだった。とうとう最後まで一度もヒナ鳥の姿を見ることができなかった私だが、十三
日の夕方、次女の部屋の屋根のところにある巣は、すっかりからっぽになっていた。
その日の午後、主人は工房の入り口に座って、外を見ながらタバコを吸っていたと言う。
そのうち親鳥の異常な鳴き声に気付き目を巣のほうに向けると、次女の部屋の真ん中、すな
わち巣から2メートルと離れていない栗の大木に、白いヘビが絡みつき、巣の中のヒナを狙っ
ていたという。危険を感じた親鳥がヒナに伝え、まだ充分に育たぬまま一斉に、それこそ必死
の思いで飛び出したという。その時落ちたヒナを、主人は一度拾い集めて巣に戻したという。
ところが、再び飛び出したヒナ達の着地場所が悪かった。一羽は犬のアラックの小屋の前
に落ちた。突然の落下物に驚いたアラックは、それを手でつぶしてしまったという。 もう一羽
は、ドロに食べられたという。もう一羽は行方不明になったそうだ。
「それで、三羽だったの?全部で・・・。」 「それが一羽だけ、皆と飛び出せなかった小さいや
つがいて、そいつだけ、後から親と一緒に無事出てったよ。四羽のうち、一羽だけだぜ、どう
にか飛んでいったのは・・・。」 「七匹の仔ヤギの話みたいね。」 不思議な感動の中にいた
が、話をする人間の中でニャーと鳴く年老いたドロがいつもより元気そうに見え、「鳥、おいし
かった?良かったね。」 それだけで、私は他に何も言う事ができなかった。
林の中で生活を始めて六年目、初めて我が家に巣を作ったシジュウカラの巣立ちは、おだ
やかなものではなかった。 「来年も来るかな?きっと仲間に『あそこの家は危ないからやめ
な』なんて言って、誰も来なくなっちゃうかもしれないね。でもおかあさん、何か思い出すね。」
淋しそうに言う次女の脳裏には、きっと、以前丸裸の雛鳥を拾って大事にしすぎて殺してしま
った「あやめちゃん」 の姿があったと思う。
1992年 夏
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