ねずみ

 
 猫のドロがとても狩りが上手で、我が家にねずみが入ることは、ここ十年余り無かった。  
しかし、今ドロは十五歳。最近では狩りに興味がなくなったようだ。
 
 ある日、主人の弟が訪問中、娘に言った。「ねえ、ねずみがいるよ。」 娘はてっきり犬のア
ラックの小屋の近くに住んでいる外のねずみだと思って、「いるんだよ、いつも。」 と軽く答え
たらしい。夜になり、部屋の中を横断したねずみを皆で見たときは本当にびっくりした。「のの
みに言ったら、いつもいるって言うから・・・。」 弟も、最初に発見した時の娘の対応に改めて
笑っていた。弟は、本箱の隅にもぐりこんだねずみを出口に誘導すべくバリケードを、そこい
らにある画板やバッグで作り、本箱の裏に棒を差し込み追い立てたが、ねずみはうずくまる
ばかり。あきらめて様子を見ていると、走り抜けたなと思ったらバリケードをくぐり抜け、今度
は冷蔵庫の裏にもぐりこみ、お手上げ状態になってしまった。
 
 その日から、毎日毎日夜ねずみに悩まされるようになった。ドロをそばに連れて行っても
「ニャーニャー」 と鳴くばかりで、興味は示すがねずみを追い払うだけの迫力も気力も無い。
 明け方の三時頃、カサコソガサゴソと音をたてる。ポリ袋を動かすあの音は異常に耳に響
く。「ドロボウ?」 私はそーっと起き出して、真っ暗な部屋中目を凝らす。主人も寝ながらドン
ドン床を叩く。「あーあ、今日もまた。」 ねずみの夜仕事が一日も休みなく続く。
 何をしているかと思えば、部屋に置かれた食物をあさるわけでも、ゴミを散らかすわけでも
なく、ただ動いているのである。「庭にだってたくさん食べ物あるし、何故家の中で眠りの邪魔
に来るの?」 意味もなく仕事(音を立てる)をしつづけるねずみたちに『ねずみの文化を守る
会』の会員たちがプライドを保つために行動をしているのだ、と勝手に思うことにした。
 
 主人はねずみは不潔だと言う。ペストになるかもしれない、と娘たちを脅かす。子供の頃、
ペストではなく、ペットとしてねずみを可愛がっていた私にしてみれば、ねずみが汚いとはどう
しても思えない。毛並みは?と見てみれば、我が家のアラックよりもよっぽど美しい。庭でちょ
こちょこと生きていてくれる分には、ただ可愛いで済むのに・・・。
 
 たまりかねた主人は鼠捕りを仕掛けた。「ねえ。そんなことして、捕れたらどうするの?」「バ
イクで遠くに捨てに行く。」 「ふーん。」 一日目、主人は鼠捕りの中を覗いて笑って言った。
「えさだけ、きれいに取られたよ。仕掛け方、間違ったらしい。 二日目、「いたぞいたぞ!」
朝一番で騒ぎたて、まだ眠っている娘たちにも可愛いから見に来いと言う。キーキーキーキー
小さな金網の中で叫びとおしたねずみは、さぞ辛かった事と思う。
 「ねえ、潰瘍になっちゃったんじゃない?そのねずみ。」 主人は言ったとおり、遠くの野原
に逃がしに行った。「喜んで出て行ったよ。」そのねずみが金網の中から危険信号を送り続け
たのであろう。

 それから数日間はかからなかった。 そしてある日、「和子、ねずみにハエがたかっていた
よ。」 久しぶりにかかったねずみは、中で死んでいたという。そのねずみをどうしたのかは聞
いていない。 その後、二・三度小さなねずみが鼠捕りに入り、その都度バイクで同じところに
運ばれた。 そしてある日、かあさんねずみを捕まえた。今までのものの三倍程もあろう大き
なねずみは、鼠捕りの中でうずくまっていた今までのものと違い、じっと主人をにらみつけて
「ギーギー」と権勢する。かごの中で動き回る姿にも迫力がある。この時点で、ねずみ達が家
族だったことがわかった。 さっそく、子ねずみの待つ野原へ・・・と、運ばれるはずであった
が、バイクで戻った主人は苦笑いして言った。「放してやろうと思ったら中がカラだったよ。」
時速何キロくらいで走るのかわからないが、走り行くバイクの荷台に積まれたかごの中から、
母ねずみは勇敢にも飛び降りたようだ。
 
 その後、その家族が再びめぐり合ったかどうか知る由もないが、暑い盛り、しばらく我が家
の睡眠は守られている。

                        1994年 夏


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