近代美術は、主題を捨てた。だが、主題があるから、芸術の価値が減少することは断じてない。
人間は社会的な存在だ。だから、私は社会生活の中で生じる喜びや苦悩を造形化することによって、人々と対面したいと思う。そして、抽象では感じは伝えられても、言いたいことは伝わらない。人に訴えるには主題を持ち、具象的に描くしかない。
( 浜田 知明 )
■プロフィール
1917年、熊本県生まれ。50年代から「初年兵 哀歌」シリーズなど銅版画制作を展開。53年、サンパウロ・ビエンナーレ出品。64年〜65年、滞欧。79年、ウイーン、アルベルティーナ美術館個展。89年、仏政府シュバリエ章。93年、大英博物館日本館個展。96年、浜田
知明の全容展。
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この一点
ボタン(B)
浜田 知明
1988年
エッチング・アクワチント
35.3cm×50.8cm
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現代の戦争を描くのは難しい。<初年兵 哀歌>では、戦場で見たり聞いたり、考えたことを描いた。ところが、現代の戦争は、昔と違う。相手の顔が見えないから、絵にならない。ミサイルを大きなキャンバスに描いてみても、劇画にしかなるまい。不安や危機感といった、目に見えないものを描きたいと思うが、簡単ではない。
30年ほど考えていたテーマがあった。ボタンを押す。核ミサイルが飛んでいって都市を破壊し、人を殺し尽くす。そんな恐怖を一枚の絵にしたかった。
<ボタン(B) >
1988年 浜田 知明
親玉が前の男の後頭部についたボタンを押そうとしている。へらへらとした中央の男の指は、その前の男のボタンに。最後に決定的なボタンおを押す男は、頭部を覆われて人格が抹殺されている。親玉の頭上にきのこ雲。
こういう作品は、芸術としての質が高くなければ、プロパガンダで終わってしまう。<ボタン(B)>は、核と戦争の構造と恐怖を、冷静にとらえ得たのではないかと自負している。
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